SFは現実逃避なのか?
最近は、うまく表現ができませんが、うつ状態になれてしまったか、抗うつ剤なしでも徐々に正常な生活ができつつある状態なのか、ブログを頻繁に更新できるようになりました。
酷い気分傷害の時はブログを更新する意欲もないです。
しつこいようですが、吾妻ひでお先生の「けいおん!」批判が物議をかもしたことですが、個人的には吾妻先生は天才であり現代の萌えアニメ・SF美少女アニメの始祖だと思うのですが、吾妻先生の「現実をみるのがそんなに嫌なのか」という発言が多くのブローガーに反感を持たれたのではないかと思います。
ようするに失踪したり自殺未遂やホームレスをしたり、挙句の果てには(ちゃんと漫画の連載の仕事があるのに)アルコール中毒になって精神病院に入院する人が、「現実逃避」という意見には全然説得力がないだけではなく、逆にいま流行のアニメである「けいおん!」をネットで無名で売れない漫画家が批判したのが、多くの人に強い反感を持ったのではないかと思います。
それによってSFは現実逃避の手段だと言われ、下手すればますますSF離れ科学離れが進むのではないかと思います。逆に言えば、夢がない刹那的な若者が増加すると思います。
「けいおん!」は、一部の人にとっては今年最悪のアニメと評されているが、その反対に「けいおん!」に影響されてギターが弾けないのに楽器を買う女子高生が多くいるというほどの反響があり、ある種の社会現象になっています。(高価なAKGのヘットフォンなど買う「けいおん!」ファンもいるのです。)
若者のSF離れの原因は、一癖もあるSFマニア同士によるSF作品批判本が売れており、柳田氏の「空想科学読本」で人気がある特撮やアニメの科学考察をおもしろく解説した本を、山本弘氏が「ここがへんだよ『空想科学読本』」で柳田氏の人格否定から攻撃的な文章で反論するのは、とても陰湿だと思います。
部外者からみれば、マニア同士の無益な争いに知性は全く感じられず、SFなんて所詮現実逃避ではないかということになるのです。
その状況下で、SFマニアの吾妻先生が「現実をみるのがそんなに嫌なのか」という発言に全然説得力も無く逆に強い反感を持たれたと思います。
吾妻先生が「けいおん!」を批判しないで、むしろ「涼宮ハルヒの憂鬱」を賞賛すれば良かったと思います。そもそもSFの定義は明確ではなく個人の好みによって、その範囲が人によって異なるので、ある人はSFは夢の分野だから、たとえば「銀河鉄道999」もSFだと言う人もいれば、全然科学考証を無視しているから「スペースオペラ」とか「ファンタジー」とみなす人もいるのです。だから、へんな言い方すれば、おもしろければ多少の科学考証が間違えても良いのではないかと思うのです。
SFマニアは、おもしろいとか夢があるだけでは物足りず、徹底した科学考証とリアリティを追求するのです。
「涼宮ハルヒ」シリーズは、SFの冬の時代に突如として現れた作品であり、ある意味ではSFの可能性と発展に貢献するものだと思います。
だから、吾妻先生が「ハルヒ」を賞賛すれば良かったのです。
要するに「涼宮ハルヒ」シリーズは吾妻先生の「スクラップ学園」に似た作品であり、原作者の谷川氏によってキャラ設定を「新世紀エヴァンゲリヲン」から、ちょっとパクリ、現代風にアレンジした作品だと思います。
自分がもしSFを描くとしたら、内容が暗いディストピア小説とか、地球人が悪者であり異星人の文明を破壊させるというものしか描けないと思います。
そもそもディストピア小説はアジア大陸の北の某国の日常生活をたんたんと描けば、それだけで立派なSFになるのです。





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