キリスト教会では、ほとんど楽器を使わないで、肉声だけで賛美歌を歌っています。
これは歴史的に原始キリスト教のクリスチャンは、楽器はとても高価なものなので、当時のクリスチャンがそれを買うお金があるなら、貧しい人に施すべきであると考えていたのです。
現代でもギリシャ正教でも、いまでも肉声で賛美歌を歌っています。
今の時代は楽器が比較的に安くなり、誰でも買える時代になりましたので、キリスト教会で楽器の伴奏で賛美歌を歌うのが当たり前になったのです。
アカペラで賛美歌を歌うには、意外と難しいのは、楽器だと音の高さが決められるが肉声だと、微妙に音の高さが異なるので、かなり歌が上手くないと美しい旋律が出てこない場合もあります。絶対音感を持つ人が歌えば、美しいメロディになります。
音楽の才能が全く無い人でも、聴くだけですから美しいメロディに感動します。
ある意味ではアカペラの賛美歌やゴスペルソングも、近年、増加傾向しています。
やはりキリスト教の礼拝も時代に合わせないとならないかもしれません。
また、1800年代以前の賛美歌でも、美しいメロディの曲がたくさんありますが、一部のキリスト教会では、それを現代的にアレンジしたり、または、新しい賛美歌を作曲する人も多くいます。
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今の若い人は、音楽業界が衰退しており、過去の名曲を求める人もたくさにます。
その意味ではJ-POPは、ある意味では流行歌ではないと思います。
なんというかアーチストの独りよがりであり、難解な歌詞とかメロディがあり、今の若い人でもついていけないのです。それに較べて、ゴスペルソングは心を穏やかにし、または元気つけるものになるのです。
某A教団のように、キリスト教の日曜礼拝というよりも、ライブハウス的な賛美礼拝になり、音楽音痴な人でも感動的な曲に感銘してキリスト教に強い関心を持つようになるのです。
まして、自分が通った某A教団の教会の一階では、土曜日だけ営業している喫茶店みたいなのがあり、お茶を飲みながら、人生について話し合う場が設けられています。まるで喫茶店みたいであるのです。さらに二階の礼拝堂では、礼拝堂というよりもライブハウスそのもので、歌われる賛美かも知らないものばかりの新しいものが多くあり、賛美歌と言うよりも、まるで現代的なポピュラーソングや、軽い感じのロックミュージックもあり、またはラップなどもあり、若者向け、特に高学力の大学生や高校生を中心にした礼拝になっているのです。
ただし、将来性がない、これ以上、社会的な地位が伸びない人は、差別の対象となるので、別の意味では、誰での出入り自由なので、見学だけなら誰も話しかけないし、住所を書くように仕向けないです。
他のキリスト教会で若い人がほとんどいない。自分が最も年齢が若いから寂しい。なんか自分が通っているキリスト教会はダサく感じる人が、某A教団へ転会する場合も多いと思います。ただし、一流大企業に勤めているとか、高額所得になるような職業についているとか、または、大学院生などでないと歓迎されないと思います。
近未来社会では、キリスト教を信じている人=エリートという構図になる可能性もあるかもしれません。
逆にクリスチャンの国会議員も数十人以上もいるような時代になるかもしれません。
オタク趣味の人は、いくら経済力があっても、差別されると思います。
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