慰めるつもりはないが・・。(追加事項)

追加事項です。

世の中、つねに不幸な境遇の人がたくさんおります。

近年、うつ病になっている人が急増しており、あまりにもポジティブな内容や、または励ましの言葉が、逆に絶望感を与えてしまいます。

自分が不幸だと思っている人が急増しているのも事実です。
恵まれた環境の人の社会的な責任は、ますます重くなると思います。

できれば、一人でも多くの人が、幸福になれる切欠が得られるように強く願います。
少しでも世の中が良くなるように、神さまに常に祈りたいと思います。

恵まれた境遇の人もいれば、不遇な境遇の人もおります。
人類の歴史は常に不平等です。

へんに慰めの言葉をかけても、よけいに気が滅入る場合もありますから、ここでは、何も言えませんが、恵まれた人を嫉妬しないように、また神様を憎まないように願います。

   

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2010年代は太陽のような輝きの時代

あけましておめでとうございます。
ちょうど区切りが良い年になりました。

西暦2000年の大晦日が昨日のできごとのように思い出せます。
テレビで日本各地の除夜の鐘の生中継を良く覚えております。
時間がたつのも、とても早いと実感します。

2010年代は、幸福格差、経済格差の時代だと思います。
良い両親に大事に育てられた若い人には黄金の時代を迎えるのは確実です。

恵まれた家庭、学校の勉強の教え方が上手な親に育てられた若い人たちの将来には無限の可能性があります。まさに2010年代は黄金の時代、太陽のような輝きの時代です。

逆に恵まれない家庭の子供たちは、想像以上に悲惨な状況が増えるので、今後も耳や目をふさぎたくなるような事件が多発すると思います。また、大部分の人たちは、社会や政治に強い不満を持つことになると思います。

個人的な意見ですが、「多く与えられた人は多くを求められる」また、金持ちの青年が永遠の命を得るにはどうしたら良いか尋ねたら「自分の財産を貧しい人に施して、私についてきなさい」とイエス様がおっしゃりましたので、真のクリスチャンなら、一人でも多くの人の人生に良い影響を与える義務があります。

10代・20代で若くしてクリスチャンになられたかたは、自分に与えられた恵みに感謝し、それを社会のために働く事を強く願います。一人でも多くの人の人生が幸福になるように支援すること、福音(キリスト教信仰)を伝える事を強く願います。

若い人には、無限の可能性があり、国会議員になって社会を良くすることも、宇宙飛行士になって月面にも行ける時代です。

恵まれた分、一人でも多くの人に、自分の恵みを分け与えることを強く望みます。

2010年代が、いままでよりも多くの恵みがあることをお祈り申し上げます。

                            2010年 元日

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2010年代は大リバイバルはあるのか?その2

一部のキリスト教教派のみに限って、リバイバルの可能性はあると思います。

現在、高校生や大学生や大学院に通っている人に、急激にキリスト教への興味が強くなると思います。学園祭などはキリスト教伝道のメッカでありかきいれどきなのです。
ゴスペルソング・コンサートを行ったり、素晴らしいメロディに酔ってしまい、それでキリスト教に強い関心を持つ人が急増するのではないかと思います。

既に行き先が決まっている人、たとえ正社員でも社会的に信頼できる身分である人でも差別するくらいですから、たぶん国立大学を中心にキリスト教関係のイベントが学園祭で行われると思います。

さらに高校生の青年会などで、高偏差値の高校の学園祭でキリスト教のイベントが、以前よりも活発に行われると思います。

(自分の高校時代にも学園祭で聖書研究会の展示物がありましたが、だれも入らないので、一人で良く解らないが、いろんなものを見学しました。まだ宗教についてほとんど理解していない時期でしたが)

高学歴でいろんな資格を取れるなら、今後の世の中は、格差社会になるから、自分が体感した黄金時代よりも、より華々しく不快感が全く無い、ひじょうにたのしい人生になると思います。

毎日が愉快でしかたないので、その幸せを一人でも、分け与えたいと言う気持ちから、自分の知り合いをかったぱしから、キリスト教の宣伝をするのではないかと思います。

2010年代には若いクリスチャンを中心にブログや携帯サイトは、倍増すると思います。

大部分のキリスト教教派や単立教会のグループの高齢化や礼拝出席の減少に悩んでいるが、来るところにはたくさんの人が来るので、むしろ現在よりもクリスチャン人口は激増するのではないかと思います。

自分を差別的扱いした某A教団がキリスト教会を牽引するのではないかと思います。
10代・20代の高学歴クリスチャンが激増する可能性はかなり高いと思います。

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生の肉声・アカペラで対応するようになるかも

キリスト教会では、ほとんど楽器を使わないで、肉声だけで賛美歌を歌っています。
これは歴史的に原始キリスト教のクリスチャンは、楽器はとても高価なものなので、当時のクリスチャンがそれを買うお金があるなら、貧しい人に施すべきであると考えていたのです。

現代でもギリシャ正教でも、いまでも肉声で賛美歌を歌っています。

今の時代は楽器が比較的に安くなり、誰でも買える時代になりましたので、キリスト教会で楽器の伴奏で賛美歌を歌うのが当たり前になったのです。

アカペラで賛美歌を歌うには、意外と難しいのは、楽器だと音の高さが決められるが肉声だと、微妙に音の高さが異なるので、かなり歌が上手くないと美しい旋律が出てこない場合もあります。絶対音感を持つ人が歌えば、美しいメロディになります。

音楽の才能が全く無い人でも、聴くだけですから美しいメロディに感動します。

ある意味ではアカペラの賛美歌やゴスペルソングも、近年、増加傾向しています。

やはりキリスト教の礼拝も時代に合わせないとならないかもしれません。

また、1800年代以前の賛美歌でも、美しいメロディの曲がたくさんありますが、一部のキリスト教会では、それを現代的にアレンジしたり、または、新しい賛美歌を作曲する人も多くいます。

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今の若い人は、音楽業界が衰退しており、過去の名曲を求める人もたくさにます。
その意味ではJ-POPは、ある意味では流行歌ではないと思います。
なんというかアーチストの独りよがりであり、難解な歌詞とかメロディがあり、今の若い人でもついていけないのです。それに較べて、ゴスペルソングは心を穏やかにし、または元気つけるものになるのです。

某A教団のように、キリスト教の日曜礼拝というよりも、ライブハウス的な賛美礼拝になり、音楽音痴な人でも感動的な曲に感銘してキリスト教に強い関心を持つようになるのです。

まして、自分が通った某A教団の教会の一階では、土曜日だけ営業している喫茶店みたいなのがあり、お茶を飲みながら、人生について話し合う場が設けられています。まるで喫茶店みたいであるのです。さらに二階の礼拝堂では、礼拝堂というよりもライブハウスそのもので、歌われる賛美かも知らないものばかりの新しいものが多くあり、賛美歌と言うよりも、まるで現代的なポピュラーソングや、軽い感じのロックミュージックもあり、またはラップなどもあり、若者向け、特に高学力の大学生や高校生を中心にした礼拝になっているのです。

ただし、将来性がない、これ以上、社会的な地位が伸びない人は、差別の対象となるので、別の意味では、誰での出入り自由なので、見学だけなら誰も話しかけないし、住所を書くように仕向けないです。

他のキリスト教会で若い人がほとんどいない。自分が最も年齢が若いから寂しい。なんか自分が通っているキリスト教会はダサく感じる人が、某A教団へ転会する場合も多いと思います。ただし、一流大企業に勤めているとか、高額所得になるような職業についているとか、または、大学院生などでないと歓迎されないと思います。

近未来社会では、キリスト教を信じている人=エリートという構図になる可能性もあるかもしれません。

逆にクリスチャンの国会議員も数十人以上もいるような時代になるかもしれません。

オタク趣味の人は、いくら経済力があっても、差別されると思います。

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2010年代・キリスト教の大リバイバルは来るのか?

キリスト教でもいろんな教派があり、ほとんどが衰退している状態で、また教会員の高齢化が顕著ですが、自分が嫌だなと思う某A教団は、たぶん2010年代は黄金時代を迎えると思います。

ひとつは、礼拝が堅苦しくないといか礼拝言う感覚ではなく、若者受けするライブハウスみたいな雰囲気です。10代・20代の学生を中心にして某A教団のペンテコステ神学が若者に浸透するのではないかと思います。

また、学生時代だと友達がたくさん作れるので、牧師が毎月10人は教会に連れてくるように義務つければ、その中で一人や二人は洗礼を受ける人も出てきて、さらに、洗礼を受けた人が、友達を月に10人も連れて行けば、同じように一人か二人は洗礼を受けるので、ネズミ算式に教会員が急増すると思います。

現在の教会堂や伝道所が全国に350ヶ所もあるが、10年後には少なく見積もっても、プラス500軒も増加すると予測します。20代で献身者が大量にでてくるので若い牧師が急増すると思います。(2020年度では、日本の教会堂数は約850軒になり、あらゆる市町村に必ず一つは某A教団の教会が存在することになります。)

だから都内に、とくに多摩地区に、10年以内に毎週日曜日に2000人以上の教会員が礼拝できる巨大な礼拝堂が建設できると思います。

学力が高い学生の場合は、未来は黄金色であり、むしろ貧富の差が激しくなる世の中、富めるものは高額所得者の減税の徹底化政策などもあり、かなり豪華な家が大量に建設される時代が来ると思います。当然、超高級電気自動車が飛ぶように売れると思います。
(高学歴だと司法関係とか医療関係などで、高給取りになるので、月に40万円以上の収入は当たり前になると思います。)

逆にスピチアル系は、貧乏人の宗教として、富裕層からバカにされるのではないかと思います。スピチアル系の人は貧困からいかに脱するかで、キリスト教以上に熱心に、トイレ掃除をしたり、風水などの研究をするようになると思います。日本人の大部分がスピチアルへと傾向するのではないかと思います。)

某A教団は東京キリストの教会のやり方が一時的に上手くいったので、失敗なども教訓として、過剰な徒弟制度は行わず、若者に受ける音楽による伝道活動で、急激に成長すると思います。東京教会のように、若者による伝道活動の義務化を延延に行うことが義務つけられるので、知らない人でも離しかけて、マクドナルドで聖書の話しをするのではないかと思います。数百人声をかければ、一人や二人くらいは洗礼を受けて某A教団の教会員になるのです。

キリスト教を信じていれば、それは社会的に地位が高い人と言うステータスになるので、むしろ一般庶民からますます距離が遠くなるのではないかと思います。



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人類再び月面へ・オリオン宇宙船

アポロ計画の時代では、一度ロケットを打ち上げるには、現代のお金に換算すると8兆円もかかるので、当初はアポロ計画は20号で終了する予定でしたが、それだけの予算があれば、福祉に回せという世論に負け、アポロ17号で終了しました。

計画通りにアポロ20号までの宇宙船を作ってしまったので、それがアメリカ初の宇宙ステーション・スカイラブ計画になり、宇宙ステーションに3度宇宙飛行士を送りました。

既にソ連は月面着陸をあきらめ宇宙ステーション計画に専念したので、アメリカもできれば恒久的に宇宙ステーションに宇宙飛行士を送る予定でしたが、肝心の宇宙ステーションが、起動から離脱して1979年に墜落しました。

でもスペースシャトルがかなり期待されていたので、現代の国際宇宙ステーションの8倍の規模の大型宇宙ステーションを建設してソ連に見せ付ける予定でしたが、スペースシャトルは、かなりデリケートな宇宙船であり、ちょっとでも隙間やひび割れがあると大気圏突入時に超高温のプラズマが入り込み宇宙飛行士は黒焦げになるのです。

だから、結局、打ち上げ費用はソ連のソユーズの10倍以上かかり、ますます有人飛行では遅れをとってしまったのです。

そのスペースシャトルも2010年には確実に運用停止は決定しているのは、宇宙船がかなり老朽化しており、年々、打ち上げの予算が値上げしており、打ち上げの失敗の危険性が高くなっているので、とても人間が乗れる乗り物では無くなるからです。

その意味では、アポロ宇宙船と同じオリオン宇宙船が2015年までに実用化させ、国際宇宙ステーションに宇宙飛行士を送るだけではなく、月着陸船も別のロケットで打ち上げ、地球の周回軌道でドッキングさせて、人間を月に送るのです。

既に技術的には可能なので、あとは予算の問題と、なぜ人間が再び月に戻る必要性があるのか、上手に説明しないと、より遠くの未来の計画になってしまうからです。

とてもアメリカだけでは、既に人間を月に送る事は財政的に不可能なので、日本の宇宙技術も重要視されており、ロシアの次に重要な地位に日本の宇宙開発関係者がいるわけです。

まして40年前よりもコンピューターの技術は飛躍的に進歩しており、また新素材なども開発されているので、アポロ計画みたいに一度の打ち上げに8兆円もかかることはないのです。

もしかしたら、月に人間を送る予算はスペースシャトル計画よりも安い場合もあるのです。

なぜ、人類が再び月に行くようになったか、月には資源が豊富にあることに気がついたからです。それを上手に説明すれば予算が降りるので、他の国と協力すれば、近い将来は人間が月に行くのは夢では無いのです。

月面探査を行ったアジアの大国、インド・中国・日本が月探査機を送ったことは、月面には地球上にはない資源がたくさん眠っていると言うことが次第に判明されたからです。

かつてアポロ計画時代は、アメリカ一国で行われたが、次の月面着陸は、世界の先進国が結束して行うのではないかと思います。


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最近はネタ切れ気味になりました。

キリスト教関係については、まだ自分の場合は、バプテスマを受けたのは11年くらい前なのですが、実質上、最初の3年間と現在の2年しかたっていないので、数年間空白期間がありました。

その空白期間に、ペンテコステ派に傾向した時期がありましたが、期待はずれで、聖書を読まない時期が数年間も続きました。

モルモン教では連続して17年間もモルモン教会に通いましたが、最終的にはモルモンを辞める3年間はモルモン教の戒めはほとんど守りませんでした。むしろキリスト教に強い関心を持った時期でした。

不思議に思うけど、なぜ、全宇宙には観測できる銀河系だけでも2000億以上あり、一つの銀河に太陽系が2000億以上もあるのに、地球だけが悪魔と神様が対立する惑星で、その惑星に自分が生まれたのか、不思議に思います。

他の惑星世界に生まれても良かったのではないかと思います。
もし、全宇宙で地球だけのみが人類が存在しない惑星なら、なぜなのか?疑問に思います。

それこそ神様のみしか知らないと思います。

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なぜ自分を差別した牧師が所属する教団を強くカルト扱いするのか

最近は某A教団への悪口ばかりを思い出したかのように何度も書き込んでいます。

これは自分が正社員時代の終わりごろに、悪質な上司がいて、部下には深夜サービス残業や休日サービス出勤の強要が行われており、自分だけが労働組合に上司である課長の暴君ぶりを告発しましたが、労働組合もまともに相手にしないので、会社を辞める決意をしました。たしかに会社を辞めなければ、お金には困らない、社会的な信用を保つことができるのですが、後先考える余裕がなく、退職しました。上司も自分の事を強く憎んでいました。

怒鳴りつける時の上司の目つきは、憎しみと怒りに満ちていました。

心に深い傷を負い、再就職する意欲を失いましたし、また、何処かでアルバイトをしても、強い拒絶反応を起こすので、以前勤めた会社よりは仕事は楽なんですが、アルバイトに行くのが嫌でしかたないです。だから、生活上、精神障害者年金を申請しました。

何度も働くように、しつこく精神科の先生にいわれて一時期はうんざりして、別の精神科へ変わろうかと思いました。ただし、精神障害者年金とか精神障害手帳や医療費控除の関係で簡単には診療所を変えることができないです。

自分を辞めさせた上司は、部下にはつらく当たるくせに、部長などには、別人のように善良な人を演じるので、なんか本当の悪人とは、自分よりも弱いもの、利害関係がないものには、人間として見ないが、自分に利害関係がある人には、人格がぜんぜん変わり、善良な人を演じます。

これが某A教団の牧師でも、顕著であり、自分よりも若い人とか女性には、別人のように振る舞い、自分に対しては冷たい態度をする。キリスト教の話しをしたいのに、本当は暇なのに、いそがしいと言って話し合いを拒否するのです。まるで、表裏がある人間みたいなのです。それが自分を苦しめた上司の姿とダブるので、その牧師に対して強い嫌悪感を感じます。

牧師の嫌悪感が原因で、数年間はキリスト教会に無関心になりました。

まして、キリスト教では牧師の信用が次第に弱くなりだしたのは、インターネットで、牧師の不祥事が次々暴露され、とくにテレビでは60歳過ぎている高齢の牧師が女子中学生に、性的虐待事件を行いがマスコミで大々的に報道されたことです。

これが氷山の一角であり、たぶん、真面目な牧師や伝道者は、少数派ではないかと思います。

自分に利害が無い人には、冷徹な態度を取る。そして、将来性がある若者には、親しみを込めた言い方をして、トコトン親切にするのを、短期間で見たので、ペンテコステ派には救いはないと確信しました。

たしかに某J教団のP牧師先生は、対照的にとても親切にしてくれましたが、教理的に受け入れ難い部分が多々あり、教理の話をしても、どこかオカルトチックな部分があるので、いくら親切にしてくれても、教会員になる決意はできませんでした。

それ以来、以前よりもキリスト教に対して心が離れてしまい、神様に対して無関心になりました。

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世界で最も演奏時間が長い曲・演奏が終るのに639年かかる

演奏が終るまで27世紀までかかるのです。楽譜に記録したら、膨大な枚数になるので、図書館の本を全部を楽譜にしても足りないくらいだと思います。

またハードディスク録音で639年の演奏時間をリニアPCM録音をすると、200京テラバイトの大容量が必要だと思います。

人間の人生70年の分の数百倍の情報量に匹敵するのです。

ジョン・ケージ作曲の「Organ2/ASLSP」という曲です。

引用(ドイツ東部にあるハルバーシュタットのブキャルディ廃教会にて、2001年から演奏が続けられています)http://zatsugakuki.blog78.fc2.com/blog-entry-75.html

演奏が終了するのが西暦2639年です。
数十世代の演奏家が24時間体制で約639年間も演奏を続けるので、27世紀のギネスブックに世界最長の演奏時間として記録されます。

人間の意志力のすごさを感じます。
だから、もし人類の歴史が永遠なら、他の太陽系に進出した人類はダイソン球を作れると思います。

たんなる雑学です。

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Youtubeにアクセスすると素晴らしい賛美歌やゴスペルに出会える

悪魔サタンは、人が一人でも多く滅びたり不幸になるには最善の努力と知恵を振り絞っています。

まして悪魔サタンの賢さは、人間からみれば無限と思えるほど知恵を持っていると思います。

その意味では、明るい雰囲気の礼拝、若い人受けする賛美歌やゴスペルソングなど、笑がたえない説教など、人の心を掴む牧師も多々いるわけですが、目に見えない部分を見落とすと、表面的な美しさだけで判断すると、いつのまにか自分が牧師の奴隷にされて、いままでの価値観や生活習慣を全面的に否定されてしまうのです。

「信じるのみで救われる」と言いながら、十分の一献金の義務化、より多くの献金を求めるために副業(アルバイト)もするように支持されるとか、奉仕活動の強要など、一人一人の生活指導など、個人を監視し個人の基本的人権を否定されるのです。

某A教団のゴスペルソングは、すごく美しい旋律なので、クリスチャンでなくても感動すると思います。

ペンテコステ派の教会のホームページをアクセスして、探してみると、YoutubeにUPした動画で賛美歌やゴスペルソングがいくらでも聴けます。
聴くだけなら何の害もないですが、自分が学生であり、将来性があるなら、あまり若者受けするキリスト教会には通わないほうが無難だと思います。

むしろ比較的に地味な教会を選んで訪問して、どんな雰囲気なのか確かめて見るしかないと思います。礼拝堂の空気というか雰囲気で、その教会の霊性を感じられると思います。

集まる人たちの霊性(雰囲気)みたいなものを感じられるからです。
自分がクリスチャンになったのは、礼拝の雰囲気が、言葉では上手く表現できないが、とても軽いと言う感じです。ツバサが生えたような軽い感覚(?)で自由な雰囲気を感じました。
二度目にTさんの笑顔をみて以来、求道者になりバプテスマを受ける事になりました。

ペンテコステ派の場合は、音楽的には洗練しても、現代的な曲でも何か堅苦しい雰囲気を感じました。

異様な感じもダメですが、人をえり好みをする牧師がいるところは、避けたほうが良いと思います。「来るものは拒まず、去るものは追わず」という基礎的な概念がないキリスト教会はカルトです。

音楽を演奏する楽器に美しいメロディよって、集まる人たちの霊性を感じ取れないようにしてしまい、教会員や教会を美化してしまうのです。自分が通うキリスト教会は正統派だと思い込んで、カルトであることに気がつかずに、次第に牧師の奴隷にされてしまうのです。




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