ガンダムの世界ではスペースコロニーが180機ある

まず軌道(宇宙)エレベーターとスペースコロニーが作られる時代とは、完璧な超管理社会であり、ある意味では戦争と内戦もない、だからテロ活動をしたくても絶対に出来ないような、権力がひじょうに強い地球連邦が形成されないと、作れても作らないと思います。

機動戦士ガンダムのオープニングのはじめのシーンでは、スペースコロニー落としでニューヨークらしき街が破壊されました。水爆数発分の破壊力があり、実際はこれだけでも、核の冬が訪れ、地球が急激な寒冷化によって、食料不足になり大部分の人たちが餓死するのです。

一つのスペースコロニーに2億人が居住できるものを180機も作るとしたら、周囲にある月面の岩石や大量の小惑星を捕まえても足りないので、木星や土星の衛星をもスペースコロニーの材料になるのではないかと思います。

まだ人類が月面基地や火星基地を作り、ロケットで宇宙に行ける時代は、超大国や先進国が独占している状態なのです。だけど、「プラテネス」のように地球周回軌道の大型宇宙ステーションを一つ破壊しただけで、大量のスペースデブリが出て、人類の宇宙進出が当分先になってしまうのです。結果的には地球に閉じ込められた人類は、人類が存続する限り永遠に限られた資源の奪い合いとテロ地獄で苦しむ事になるのです。

もしかしたら人類の価値観は大きく変わり、刑務所よりも厳格に人間を管理する、極超管理社会を望むようになるのではないかと思います。かつては近代以前では残酷な拷問や死刑が庶民の娯楽だったり、アフリカ人の奴隷商売が正当化された時代がありました。現代から見れば人道的な大きな問題とみなされます。

だけど、あまりにも多いテロ地獄、いつまでも終らない戦争、その原因は人間をひとりひとり管理できない社会は危険な社会であり、管理できないから、精神障害や肥満がはびこる。自由放任社会があらゆる災いの原因だから、極超管理社会を求める声が次第に強くなるのではないかと思います。

逆に言えば、宇宙開発が進歩すればするほど、宇宙建造物はテロの標的になりやすくなり、その破壊力は計り知れず、結果的には第二次世界大戦よりも大きな被害となれば、世界中の人が、極超管理社会の到来を求めるようになるのではないかと思います。

極超管理社会はディストピア小説で良く使われる題材で、そのような社会には何も自由が無い悲劇的な社会と描かれているが、逆に極超管理社会では犯罪がまったくない安全な社会、ましてテロをしたくても絶対に出来ない社会。ようするに一人の人間に対して、数十人の専門家が監視する社会ではないかと思います。

毎日のように警察官が訪問してくれるような社会だと思います。

ある意味では自殺したくても自殺も絶対にできない社会。熟練の心理カウンセラーが毎日監視するので、場合によっては自殺する必要もない社会となり、

むしろ、未来の人からみれば21世紀の社会は、とても文明が低いため野蛮な思想が残っているため、精神障害者や自殺が多かったと悪い意味で評価すると思います。

当然、脳内のあらゆるところにチップを埋め込まされる義務があり、それを行わなければ終身刑にさせられて一生刑務所ですごすようになるのです。
(逆に刑務所のほうが自由な生活ができるかもしれません。)

特に思考犯罪と言う概念ができあがり、万一、社会に不満を持つものがいれば、まだ何も悪い事をしてなくても、テロ未遂犯として刑務所に入れられ、厚生させるために懲役刑となるのです。

極超管理社会とは、電脳化社会であり、電脳化していない人は、どんなに理知的な生活をしても未開人扱いされ、働いてお金を貰ったり、そのお金で買い物もできないのです。
考えている事を監視され、自分の周りに何十人もの人間やロボットが常に目を光らせている社会なのです。

発想を変えてみると、孤独とは無縁の社会。肥満や鬱病、不眠、不規則な生活とは無縁の社会。適正(才能)を十分生かせる社会、働くのが楽しい社会になる場合も考えられます。

極超管理社会は、とても良い社会のように感じられる文章になりましたが、たぶん、悪い人が支配したら人類全体が悲劇だと思います。極超管理社会の到来とは、遠い未来の話だと思います。

21世紀の技術でも、たぶん機動(宇宙)エレベーターとかスペースコロニーも作れると思いますが、テロの標的にされる危険性が高いので、早くても22世紀後半ごろにならないと作らないかと思います。

21世紀末の世界人口の予測は、30億人以下になり、さらに22世紀になると20から15億人程度になるので、あえて2億人が収容できる超巨大スペースコロニーを作る必要はなく、むしろスペースコロニーは将来、数世代にわたる恒星間飛行の実験施設になると思います。


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タイムマシーンは実現可能なのか?

現代の科学ではタイムマシーンの原理は不明ですけど、もし現代の天文学・宇宙物理学の知識を使えば、数パーセントの確率で可能だと思います。

たとえば、911同時多発テロは1万年後の未来人の仕業であり、現代は実は未来人によって影響を受けた世界ではないかという推測もあります。
(パラレルワールドでは、911同時多発テロがない世界、2009年でもNYツインタワーが存在している世界の自分もいるわけです。)

たとえば人類の歴史が永遠と考えれば、中東の某世界宗教は9000万年後になっても、現代と同じような生活様式と教義のままだと思います。(9000万年後の未来の人類は、ほとんどサイボーグになっており、ある意味では永遠の生命を享受しているかもしれないし、または、肉体は不浄なものだからという理由で、宇宙に漂うエネルギー生命体になっているかもしれません。

仮に地球上でタイムトラベルできる機械を作ることができたとしても、過去に戻ると、地球も太陽も、そして銀河も猛スピードで移動しているので、過去に戻ったら宇宙の彼方へ飛ばされてしまい、一瞬で凍結してしまいます。そのために恒星間宇宙船がタイムトラベルには必要不可欠なのです。

タイムマシーンのアイデアは、たくさんありますが、どれも壮大なものであり、また、タイムマシーンが作られた以前の過去にはもどることはできません。(壮大なものとは、約2.5光年の長さを持つ円筒状の巨大建造物を作り、そこを光の速度とほぼ同じ速度で、巨大建造物の周りを周回することです。そのかわり猛烈な遠心力で、宇宙船内の人間が潰れてしまいます。)

最も現実的なのは、ブラックホールにワザと入ることです。
光の速度に限りない近さで、ブラックホールに入ることです。そうしないと、ブラックホールの引力で自由落下で地表に落ちると、強烈な引力のためブラックホールの地表に達するまでに無限の時間がかかり、(重力が強烈だと時間がかなり遅く進むのです)ブラックホールに乗っている人が後ろを見たら、全宇宙の変化・周囲の銀河が次第に離れるのを数時間で見ることができ、そして最後には完璧な暗黒の世界しか見えない状態になるのです。かなり強烈な引力なので、普通なら人間が完全にぺしゃんこになるのですが、それを考えないで通常の重力として考えればの話しです。

また、ブラックホールに入る宇宙船や乗員たちは、素粒子レベルまで粉々にされるのですが、そうなるまえに、ブラックホールの中心(強烈な自転による遠心力で作られたドーナツ状になった部分の真ん中に入れば)を通りすぎれば、超空間という時間が逆行する世界に到達でき、それによって、過去に戻る事ができるのです。

自由落下でブラックホールに宇宙船が落ちると、宇宙船をかなり遠くから観察する人と、宇宙船の乗員との時間のギャップが大きく、たとえば観察する人の一年が、宇宙船の乗員にとっては、わずか10000万分の1秒という時間の進み方をするので、それを相殺するためには、ブラックホールに入る宇宙船の速度を光の速度に限りなく加速させる必要があります。そうしないとタイムトラベルする乗員達は、永遠にブラックホールの周囲に固定されてしまうからです。

現代科学では、まだ不明な部分がたくさんあり、現代では正しいと思えることも、近未来では間違えていたということもあるので、今の状態のまま1万年という時間をかけて科学が進歩し続ければ、タイムマシーンも作れるかもしれません。

あとジョンタイラーという未来から来た男の話は、論理的に科学的に考えれば完璧に嘘だと思います。


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非常に恐ろしい地獄に落ちるという脅迫という方法は正しいのか?

メアリーバクスターの著書では、たとえ善良なクリスチャンでも、完璧に正しい生活をしなければ非常に恐ろしい地獄に堕ちるという内容です。名指しで「福音派の信徒と牧師が地獄で永遠にもだえ苦しんでいる」という内容です。

ようするに聖霊の働きを認めない福音派クリスチャンを強く批判する内容です。
無宗教の一般人向けというよりも、ペンテコステ派以外のクリスチャン向けの内容になっており、他の教派のクリスチャンをペンテコステ派へ改宗させる為の書物だと思います。

たぶん既成のキリスト教会で不満(かなり強いフラストレーションを感じている)がある人には受ける内容だと思いますが、読んでみると信憑性が弱く、ほとんどが想像で描いたフィクションであり、それを事実としてとらえる人は、ほとんどいないと思います。

そんなに神様が厳格なお方なら、人類全体の罪を購うためにイエスキリスト様が十字架にかかる必要は無いのではないかと思います。


たしかに、教義的に「完璧に近いほど正しい生活をしないと地獄に落ちる」と教えられても、他人に冷たい人は冷たいし、自分に利害がない人には無関心だと思います。




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キリストの再降臨はいつくるのか?

あと10年後にでも再降臨があると主張する教派はペンテコステ派だと思います。

4・5年前に二軒ほどペンテコステ派のキリスト教会に通ったことがありますが、すごく堅苦しいことを言う割には、Aという大きな教派の教会の牧師は態度が冷たかったです。だから、若い女性の訪問者(?)が来ると、人が変わったように親切な態度をします。そのかわり牧師婦人がいろいろ話しを聴いてくれたのが、ある意味では救いだったと思います。
(ペンテコステ派ですが、キリストの再降臨が強調されていませんでした。むしろ戒律的なものが強調されていました。)

ただゴスペルソングが熱心なので、11月の土曜日にゴスペルコンサートの招待状が来て、それに参加しなかったら、ほとんどの教会員が何となく冷たい態度になり、話しかけても話しが続かないなどゴスペルコンサートに行かないだけで態度が冷たくなるのは、彼らにとってゴスペルはよほど大事なものだったと思うのです。

また、比較的に若い人が多くおり、青年会が充実しているみたいですが、年齢制限があり、30歳以下で正社員か大学生でないと、パーティに参加できないらしいです。

もう一軒のJという教派では、より堅苦しい感じの説教が多々あり、人間の性欲は悪だという説教が多々あり、徹底した戒律主義になっていると思いますし、また、そこの牧師先生が書いた本をもらいましたが、さしせまった再臨主義が書かれており、たとえクリスチャンでも他人に親切にしない神様の戒めを厳格に守らないと、再降臨前の大艱難時代でとことん苦しむようになると強く主張していました。その意味で、比較的に親切で教会に来てくれたことを歓迎する雰囲気がありました。

ただ、モルモン教に似た雰囲気があり生理的に受け付けないです。
(あとは礼拝中に意味不明なランダムな発音による祈りなども、異様な雰囲気がありました。)

モルモン教でも最も親切に対応する人たちは宣教師たちで、それはバプテスマ件数が少ないと叱責されるから、誰でも良いから、どんな理由があってもいいから、たとえ義理でも良いから洗礼を受けて欲しいと言うことです。

だからモルモン教の宣教師は、よほど酷い人ではない限り誰でも親切で優しいのです。

一人でも多くの人が洗礼を受ければとか、人に親切にしないと耐え難い災いが降り注ぐと言う発想がないと、より良い人になれないのではないかと思うのです。

人間は弱いものだから、自分が神様によって厳しいく裁かれていると言う感覚が無いと、自分に利害関係が無い人に無関心になり誰にも親切にする意欲がなくなるのではないかと思います。

宗教改革でルターが、新約聖書のヤコブの手紙を正典ではなく偽典(にせもの扱い)にしたのは、「行いがともわない信仰は意味が無い」ような文章があり、ルターの信仰義認「救いは完全に無料であるから、信じれば神様の無限の赦しがある」「クリスチャンになれば、(どんなに悪い行いをしても)罪を一切裁かない」という聖書の解釈と矛盾してしまうのです。

たしかにペンテコステ派J教団の牧師先生の本では、キリストの再臨前に7年半の大艱難時代が来て、完璧に近いほど正しい生活をしたクリスチャンとか、自分に一切利害関係がない人に親切をした人、隣人愛が強いクリスチャンのみが、天に取り上げられて、災いから守られ、ただ信じているだけのクリスチャンは、暴力とか飢え乾き、それ以外にもあらゆる人権侵害に苦しみ、自殺したくなるほどの激しい苦痛を耐えなければならず(サソリに刺されたような状態の苦しみに似ている。死を嘆願しても再臨まで絶対に死ねないという、ひじょうに恐ろしい罰をうける。)、ただ信じただけだと、生温かいクリスチャンを清めるために、自殺したくなるような激しい苦痛を受けるようになると書いていました。

キリスト教に限らず、戦前の日本でもお寺で紙芝居などで、悪い事をすると地獄で激しい苦痛を受けるという物語が語られており、戦前の日本では、近所付き合いでお互いに困ったことがあれば助け合う機運があったと思います。

結局、無神論主義や(霊や死後の存在を一切否定する)唯一物論が戦後の日本の公立学校で教えられており、悪い事をしたら地獄に落ちるという考えは、非科学的でありオカルトとみなされた結果、辛酸で取り返しがつかないほどのイジメ地獄へと変わってしまったと思います。

特に公立学校を支配していた日教組は、マルクス(スターリン極左)共産主義が主体ですから、徹底した唯一物論だから、あらゆる宗教の教えを封建的で不合理なものとして排除した結果、子供たちの残酷な側面だけが特出してしまい、弱いものイジメをしても教師がいじめっ子を叱れない、仮にいじめっ子を殴る行為をすれば、親から強いバッシングを受けて教師生命を絶たれるので、結果的にイジメが横行していまい、いじめ自殺が日常化となるわけです。

新自由主義に通じるものがあり、新自由主義は徹底した反共主義(貧困をなくすという考えは偽善であり、進化論は絶対的に科学的な論理だから、弱いものを駆逐させるのは正義という考え)があり、超格差社会こそ科学的国家論とみなすのです。

だから、超格差社会の行き着く先は国民の99.5パーセント以上が貨幣を持つことが犯罪とされ、それを使って買い物をすれば犯罪となる社会だと思います。富裕層には無限の富があるので、極論を言えばスペースシャトルを個人が所有して打ち上げることできるのです。

極限的な億万長者は、外国を買う(侵略して独裁者になる)こともできるのが新自由主義の最終目的だと思います。


話しがずれたけど、人間の弱さがあり、宗教は自由ですから、あまり厳しくしすぎると離れてしまう。

ちょっと優しい口調で、この世の終わりの話、死後の世界の話をすれば、想像するだけでも、ただ信じるだけでは、さまざまな災いを受けるという恐怖感がないと、自分勝手な生き方とすると思います。

たしかに、無理をする必要はないと思うし、無理を強いると、たとえ異端的キリスト教会でなくてもカルト宗教になる危険性があるので、絶妙なバランスが必要だと思います。

人が正しい生活させる切欠と、自分に利害関係が無い人にも親切に優しく接するように、仕向けるには、ちょっと軽く突っつく程度であれば良いと思いますあまり厳しい態度や、脅迫的な態度、何度もしつこく繰り返して同じ事を説教すれば、ストレスを感じてしまって離れてしまうと思います。

要するに人間は弱い存在ですから、ちょっと軽く言わないと、なかなか悔い改めをしないと思います。


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無限の寿命があれば、夢のハイテク社会で生活できる

無限の寿命=高額所得者であるので、極端な話、30世紀の世界でも、20世紀や21世紀の大富豪が生きているのではないかと思います。

100年・200年なら毎日が愉快で、毎晩のように宴会をして笑いが止まらない生活を送るが、その愉快な生活そのものが、虚しくなり、300年以上生きると、何も悩みの無い人生、何も問題も無い人生、何不自由ない人生が空虚になり、ほとんどの半永久的に生きられる大富豪にとって、いろんな哲学や宗教を学ぶようになり、結果的には無限の寿命と何一つ問題が無い人生が虚しいということになり、たぶん、400年後の未来社会では寿命を無限に伸ばす技術を選択する人はほとんどいないのではないかと思います。

200年後の世界になれば、微小なりとも進歩する現代科学の世界でも、まったく異なった生活形式となり、現代の生活になれている現代人が、200年後以降の世界の常識についていけなくなるのではないかと思います。だから、毎日宴会をして楽しく愉快に過ごす大富豪たちも、人生とは何だろうか?と考えるようになるのではないかと思います。

松本零士の「銀河鉄道999」とか「宇宙戦艦ヤマト」など科学考証をわざと否定して、読んでいて楽しく、夢がある物語を描ける人は、天才だと思います。

逆に未来社会の悲惨な状態を描いたディストピアものは、誰でも描けるのです。

ようするに、夢があり、観て楽しい作品を作れるのがプロの作家であり、現代社会の矛盾や批判を未来社会に置き換えたディストピア小説という分野は、素人が書くもののです。

ある売れない漫画家(某田中さん)の人類が絶滅寸前を描いた近未来漫画は、有機物でできた人間ロボットの少女との恋愛を描いた暗い感じの作品です。(物語をよりリアリティにするために、作家の知識を最大限に出して、様々な不安材料である地球温暖化とか、極限的な少子化社会などが描かれています。まったく内戦や戦争が一切ない平和な地球だとしても極限的な少子化社会によって人類は100年以内で絶滅するという設定なのです。)

その意味では同じ漫画家でも力量の違いを感じられるのです。

たしかに歴代の皇帝や大富豪が、2000年以上もの間、不老不死の薬を求め続けました。特に中国の歴代の皇帝などは、自分の権力が永遠になるために、極限的な権力により様々な不老不死の研究を近代という時代になるまで2000年以上続けたのですが、

やっと21世紀になって実用化のめどがたったわけです。

現代の大富豪たちは、たぶん30世紀の未来社会に過ごすことは間違いないと思います。
だが、孤独、無限の寿命、不死という苦しみに永遠に耐えなければならないと思います。

30世紀なれば限定的だと思うけど(タイムマシーンとかワープ航法による宇宙旅行は絶対に無理だと思うが)心をもっているようにみえるアンドロイドとの生活とか、月面や火星への宇宙旅行なども体験できるが、それでも、無限の寿命を持つ人にとって、毎日が虚しい、生きていることが苦痛と思えるようになるのではないかと思います。

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松本零士さんの作品はほとんどが科学考証を無視したスペースオペラで、「銀河鉄道999」はある意味ではファンタジーであると思います。無限の寿命・永遠の生命を求めて主人公が宇宙の彼方へ列車の旅をするというのは、普通の人は考えないです

「宇宙戦艦ヤマト」をリアルに考えればミラス人が地球人の根絶を実行するなら、二つの中性子星を太陽系の近くで衝突させれば、強烈なX線が放射され、そのX線によって地球上の生命体を死滅できると思います。西暦2199年ですから、もしかしたら人類は太陽系を進出しているかもしれないので、地球だけではなく、太陽系全体の全生命体が滅びると思うのです。
太陽系全体に強烈なX線が放射されれば、太陽系のどこの惑星に逃げても絶対に助からないのです。(合体した中性子星が太陽の重力に引き寄せられる可能性があり、中性子星の重力で太陽系の惑星の軌道が変わってしまうと思います。)

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80歳になってもパソコンやケータイでメールを打つ(鬱)未来

サイボーグの進化と細胞をいじることで若返て寿命を延ばすという近未来技術が、遅くても20年以内に実現確定ですが、その反面、アンドロイドとか人工知能・介護ロボット・宇宙開発などは全然進歩していないで、自分が80歳になっても、今日とおなじような生活を送っているのではないかと強い懸念があります。

ようするにケータイがあまりの超多機能化してしまい、ケータイがあればコンビニで買い物ができスイカとしても利用できる。逆に便利すぎる生活が科学技術の進歩を停滞させるので葉のではないかと懸念します。

また新自由主義社会による経済格差によって、貧困層が激増と国家破産による科学技術開発の停滞などがあり、まして、大部分が貧困層になれば、選挙で国会議員を選ぶとなれば、南米のほとんどの国ような社会民主主義政権になることを危惧する政治家と富裕層も多々おり、将来的には近代議会政治から、インターネット政治へと移行するのではないかと思います。

ある意味では直接議会政治になり、政治の素人でも、多数の意見で、不条理な法案が可決してしまい、次第に政治家不在の国家へと移行することで新自由主義体制は存続させるのではないかと思います。

政治家が法律を作る時代がいずれ終焉を向かえ、ケータイやパソコンを使える人だけが直接政治に参加でき、大部分の一般庶民が自分勝手な法律を作って、自らの首を絞める結果になるのではないかと思います。

まず日本という国は、たとえば天皇制を廃止しても、そのまま共和制になるだけで生活に大きな支障は無く、また日本銀行が潰れても、廃止してもユーロやドルという貨幣に切り替えれば良いが、自民党による新自由主義体制がなくなれば日本は自動的に消滅するということです。自民党がない日本はありえないのです!

自民党の最重要政策(政治体制)とは新自由主義経済であり、新自由主義経済が日本で崩壊すれば日本という国の存在意義がなくなるのです。

だから国会の廃止、衆議院・参議院議会の全面的廃止により、何が何でも新自由主義体制を維持するには、インターネットによる無数の個人の言論によって法律を作り、政策をつくるという新しい政治体制へ移行するのではないかと思います。

だからインターネット参政権体制になれば、日本在住で日本国籍がない外国人でも、外国人にとって都合の良い法律を勝手に作られてしまうことがあるのです。

ようするに自民党関係の政治家が新しい皇族となり、天文学的な金額が恩給として支払われるのです。
だから、自民党は政党から日本のインターネット言論統括管理委員会となることで、実質的には自民党のみの一党独裁体制が確立し、インターネットの世論で政党政治が不要だと言えば、他の政党は自動的に不合法化とみなされるのです。

自民党=政党
から
自民党=インターネットの言論統括機構へと変容する事で

政党政治が完全に廃止され自民党以外の政党は必然的に不用となり、必然的に自民党一党独裁体制が日本が滅びるまで存続するのです。

で、インターネットの言論によって、日本国憲法廃止が確定し、必然的に基本的人権が無効となり、極端な場合、100円以下の品物を万引きしただけで死刑にする法律が勝手に作られるのです。また公開死刑制度をするべきだとか、死刑囚には長時間苦痛を強いる残酷な刑罰から、さらに自分たちで自分の首をしめる、低所得者ほど税金が多く取られ、逆に高所得者には高額所得者手当てが数億円も支払われるような世の中になるのではないかと思います。

現代のままの政治体制でも、たぶん文明はほとんど発達せず、きつい労働とか満員電車に押し込められる状態が、100年後でも現代と同じ光景をのままになるのではないかと思います。

自分たちが高齢者になっても、介護ロボットから介護してもらうのではなく、未来社会の介護はロボットやアンドロイドではなく人間が介護を行うの宿命ではないかと思います。

その意味で、80歳になっても現代と同じようにキーボードで文字を打つのではないかと思います。(その前に老眼になり画面の文字がほとんど見えなくなるかと、指が思うように動かないためキーボードを叩く速度がめざましく遅くなるのではないかと思います。)

「人間の終焉」という本では、科学の進歩が人類に不幸をもたらすと書いているが
科学が全然進歩しない社会も、同じように人類に不幸をもたらすと思います。
夢も希望も無い社会は、必然的に弱体化して最終的には滅んでしまうのです。

逆に富裕層だけは、細胞を操作させて、若返らせることは20年以内に確実に実現すると思います。だから、富裕層が限りない時間の人生を送り続けると思います。

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押川春浪「一千年後の世界」は現代社会を予言した

押川春浪とは、明治時代のSF小説家で、ほとんどが未来戦記ものを描き、プライベートでは野球に夢中になっている、現代でいうオタクとは程遠い健康的なイメージがありましたが、大正3年、38歳の若さで、この世を去りました。

「千年後の世界」という小説は、現代科学でいえばどうしようもない内容なんですが、ある意味では新鮮なおもしろさがある作品だと思います。

25世紀までの世界を予測し、まず近未来の世界(1900年代から見て)では、人類は肉食が主体になり人格が肉食動物のように獰猛で好戦的になり、世界各国が戦争を続けたが、戦争はお金がかかると言う理由でバカバカしくなり、そのかわり個人どうしの争いが絶えない状態になり、ある意味では現代の、近状同士の争い、職場や学校でのいじめなどを予言したと思います。

たしかに人類が肉食を止めれば、アフリカ大陸の飢餓がなくなります。
美味しいそうにハンバーガーを食べる社会を予見したのではないかと思います。

ソ連邦(社会主義国家出現)の予言をしており、仕事を一生懸命やっても怠けている人と同じ金額の給料しかもらえないので、一生懸命働く事が馬鹿らしくなるということです。

世界各地に内戦の激増化の予言。発展途上国の大部分が内戦を経験しています。
結果的にソ連邦のような多くの民族を強力な権力で一つの国に押し付ける社会主義連邦国家が誕生して内戦が収まるが・・。

文明の発達(オートメーション・産業用ロボット)などにより、物不足が解消され多くの人が裕福になるが、経済力や資源に限界があるため、大部分が平均的な中流階級になるが、淫乱だけは限りがないため、人類の大部分が淫乱化してエログロナンセンスにより風紀が乱れるという事を予言していました。

地球温暖化の予言。(小説では資源の使いすぎで地球温暖化ではなく、巨大彗星の引力により地球の軌道がずれてしまい、世界の平均気温が急上昇してしまう。)

また、政治家が法律を作る時代が終わって、ほとんどの市民が自分勝手な法律を作るようになる。(これは、将来的には政党政治から、最終的にはインターネット利用者が次第に自分たちの価値観にあわせた法律を勝手に作るようになり、議会政治や政党そのものが消滅してしまう社会を予言したものだと思います。)

たしかに、死刑制度の厳格化というインターネットでの世論が多々あり、ある人は「絞首刑では甘すぎる!溶鉱炉に死刑囚を突き落とせ!」とか「死刑囚の身体を切り刻むべきだ」とか残酷な刑罰を求めたり、また、死刑執行が中国よりもはるかに少ないから、もっと裁判を厳格化させ、どのような理由があっても情状酌量の余地一切無しということで、たとえ正当防衛でも死刑にするなど、いちいちネットの意見を求めていたら、それこそ日本は共産主義国家よりも人権侵害が酷い国になると思います。

死刑執行件数が世界一なれば日本は立派な国になれると言うのです。

また、死刑執行をテレビで生中継しろという意見もあり、たいていの死刑執行は午前中に行われるので、ほとんどの人が会社を休んだり半日休暇をとって、死刑執行をみて、日頃のストレスを発散させるのではないかと思います。

インターネットの利用者が政治的発言をして、無数の人たちの執拗な要求により、徐々に政党の存在の意義をなくし、国会の必要性がなくなり、ある意味では近未来の政治体制は「すべての国民が直接政治に参加できる直接民主政治」へと以降するのではないかと思います。

だから、日本が原爆所持の正当化とか、自衛隊の拡大化、そして最終的には極端な軍国主義国家になるのではないかと個人的に懸念します。


最後の予言とは、25世紀には人類は獣人化となり、自らの手で近代文明を破壊させ、その500年後に巨大彗星が地球に直撃して、人類が滅びると言うところで終るのです。

で、地下に避難して生き残った人類が、いつまでも幸せな生活を送るところで物語が終るのです。

追加事項ですが、

古代から近世までの世界のほとんどの国では死刑執行は、お祭りであり、庶民の娯楽だったのです。古代ローマでは、原始キリスト教徒をコロッセオで猛獣で食い殺されるのが娯楽でした。そのほかに十字架に貼り付けにされて火やぶりにするのを見て、当時のローマの市民のストレスを発散になったと思います。

中世では、かなり激痛が伴う拷問具や長期間激痛によって死ぬ死刑の道具がさまざま開発され続け、結果的には現代文明の原点にもなりました。その意味では中世は文明の暗黒時代でありながら、残忍な拷問や死刑の技術だけは進歩し、その技術が現代にも生かされているのです。

近世のヨーロッパでは、死刑囚がギロチンで首を切り落とされるのが行われると、全ての人が仕事をそっちのけにして、死刑執行を見学に来る。一種のお祭り騒ぎになりました。

で、近代になると、民主主義とか人権の尊重、人道主義の台頭により、公開死刑が行われなくなりました。

いつの時代も目の前で凶悪犯罪者が死ぬ事を見ることで、日頃のストレスが発散されるのです。







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ディストピア小説の書き方

ハードSFで最も簡単な分野は、未来社会を悲観したディストピア小説だと思います。

前回の日記に書いた「21世紀のバベルの塔」のような、無限の富をもつものが、政界や国家を乗っ取り独善的な法律をつくり、全ての国民を地獄の底に落とすと言う内容だけなら、口うるさいSFマニアの批判を受ける事はないと思います。

有名なのがジョージオーエルの近未来小説「1984年」で、権力の本質とは何だろうかということを率直に描いた作品です。オーエルはスペイン内乱でソ連の義勇軍に苦しめられた経験があり、ソ連批判を最初に行った作家です。ソ連の政治体制を動物でたとえる「動物農場」という作品も有名です。

戦後まもない頃に出版されえて、冷戦の始まり反共主義の台頭により、たちまちベストセラーになりました。

だから「1984年」という小説は、共産党が支配する極限的な管理社会にいる主人公の日常生活を描いたものであり、結果的には狡猾な秘密警察に国家反逆罪として捕らえられ、さまざまな拷問をさせられて、最後には耐えられないほどの強烈な恐怖の連続によって洗脳させられ、共産党に対して忠誠心をもち最後には銃殺されると言う話しです。

2度ほど映画化されましたが、カラー版の映画を見ましたが、内容が退屈な感じだったと思います。

ディストピア小説として、映画作品として比較的におもしろいくかんじたのは、「未来世紀ブラジル」「華氏451」で、同じように共産化した超管理社会の状況を伝えている作品です。
なお、まだ見たことも無い、また見る気も無いのはキューブリック監督の「時計仕掛けのオレンジ」ですが、あまりの暴力的な場面が多すぎるため、目を被いたくなる作品ではないかと思います。

要するに、現代社会にはひじょうに多くの不安材料が多々ありすぎて、SFの分野で最も簡単な分野、SF小説の初心者が書くものはディストピア小説ではないかと思います。
(お役所の超怠慢な姿勢とか、次第に狂信的なインターネットの利用者による法律改正論などがあり、将来的には法律は政治家が作るのではなく、インターネット利用者が自分にとて都合の良いものを作るものだと思います。結果的には人権侵害が多発し、現代の数倍もの人が自殺する世の中になり、ある意味では内戦よりも人命が保障されない社会になるのです。)

民主主義とか人道主義などは、大きな富をもつものによって簡単に抹殺させられてしまうことがあり、逆に一度、共産化すれば無数の人の流血がなければ、自由を取り戻せないのです。金がある人だけが正義ということです。

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1万年後の地球に存在する国家とは

キリストの再臨がいつ来るのか誰も予測できないのです。そんなに遠い未来ではないとおもうのですが、仮に人類が永遠と思えるほど地球に存続したとしたら、1万年後の未来に残存している国は、北朝鮮とイラ○と○○○アラ○アなど、国際社会の異端児であり、人権侵害が極めて激しい国、女性差別が酷い国だけが、今後1万年たっても微動だしないのではないかと思います。

だから、前回の日記で「未来人が現代社会へ何らかの影響を与える」ということも考えられると思います。

タイムマシーンの原理は、ブラックホールにわざと恒星間宇宙船を突入させて、時間が逆方向に向かうというのもありますが、もし宇宙船がブラックホールに入ると、遠くから見ると、止まったまま少しずつ宇宙船が赤く輝きだし、次第に宇宙船が暗くなりだし、すこしづつ半透明になって見えなくなるのではないかと思います。

ブラックホールの周囲には強烈な重力があるので、時間が遅く進むのです。

あとは、宇宙は謎だらけであり、宇宙の大部分がダークマターとかダークエネルギーがほとんどであり、目に見える輝く星は、ほんの数パーセントしかないのです。

ということは、まだ知られていない未知の物理法則も存在しており、新しい発見が宇宙物理学をひっくり返すこともあるので、もしかしたら、タイムマシーンも人類が発明できる可能性も僅かながらありえるのです。

未来に行くには、超高速の宇宙船に乗れば、ウラシマ効果で片道で未来へ行けるのですが、最も難しいのは過去に遡る事です。あとは、過去の地球があった場所に行くのですから、タイムマシーンは地上に固定させられると、過去に戻ると、宇宙の見知らぬ場所に穂織り出されるのです。だからタイムマシーンは恒星間宇宙船が必要不可欠です。

また、911同時多発テロでは、ニューヨーク周辺でUFOの目撃証言が多々あり、もしかしたら未来人が現代の歴史的瞬間を目撃したのではないかと推測します。

では、1万年後の世界とはどんな環境なのか、たぶん現代でも特異な国だけが国家として残存しており、それが1万年たっても頑なに社会そのものが全然変わっておらず、それ以外の国は、国家と言う概念さえなくなっていて、気が合う人たちが電脳ネットワークを作り出し、性格が似たもの同士が、集まる世界なのかもしれません。

精神的に低俗な人は、低俗な人同士がグループを作り集まり、精神的に高尚な人たちは、高尚な人たちがグループを作り集まるという社会になると思います。

また、もう一つ考え出せるのが、過度の情報化のため大部分の国が地球連邦に統合されるのではないかと思います。

なぜ地球連邦にほとんどの国が統合されるのか、人類が恒星間飛行をするには莫大な予算がかかり、また、ほぼ全世界の国が一致しないと宇宙開発が出来ないからだと思います。

宇宙進出した人類にとって、広大な全宇宙と比較すると地球は小さな生活領域でしかなく、1万年後の未来では国家とか国境という概念が古臭くなるのです。

そもそも100年後さえも、自分たちの世代には理解できない通用しない常識が多々あると思います。同じ日本語を使っても、無数の新語(単語)が作られるので、もし100年後の世界に行ったら、全然会話の内容が理解できないと思います。

たとえば、もし40年前の人がインターネットの話しを聞いても会話の内容が全然理解出来ないのと同じなのです。

1万年後の世界だと、1万年間頑なに伝統を守り続ける国もあれば、時代とともに変化し続ける国もあるわけです。

で、前回の日記で、なぜマイケルジャクソンが未来人から暗殺されたというのは、マイケルの巨大な財力で政界を牛耳るが、結果的には文明間の戦争がマイケルの手腕で解決して、結果的には中東の伝統的な生活をする人たちは、ほんの一握りになってしまって、1万年後には、全ての国は地球連邦に所属することになり、そのほんの一握りの人たちの価値観が踏みにじられ続ける歴史が1万年もつづくからです。

また、アフガン戦争がなければアフガンは100年後には自然消滅して、西欧文明の拠点になり、イラク戦争がなければ、次第にイラクが民主化して、周囲の中東諸国に影響与えるからです。

1万年後の極少数派があらゆる犠牲を乗り越えて、もしかしたらブラックホールとか未知の法則を使って現代へ来て、同時多発テロとかマイケルジャクソンを暗殺したと言う事も考えられるのです。

これは、SF的な考えなのですから、あまり本気にしないで欲しいと思います。



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異性を罵倒する言葉は「童貞」と「処女」

現代の日本ではフリーセックスを通り越し、婚前前にどれくらの異性と肉体関係を持ったかによって人間の価値観が決められる風潮があります。

異性と毎日のように性的交わりをする人は、多くの人から尊敬されるのです。それをmixiで自慢する馬鹿がたくさんいるのです。そもそもmixiは基本的人権否定と倫理観否定のSNSであり、悪質な2ちゃんねらーが、3つ以上のIDを習得するのは極当たり前の事です。

その結果、性の秩序が完璧に破壊された社会なので、結果的に少女漫画雑誌では、過激な性描写が多々あり、それを買うことが何のためらいもなく買えることが問題だと思います。ようするに、少女漫画雑誌を買えば性教育の一環になるというメリットがあるが、あくまでも性描写のみ固執しているので、ストーリーは何も無いのです。

特にネットで相手を罵倒することばで最も使われるのが「童貞」と言う言葉です。

逆に言えば男性の淫乱が、社会的に地位が高い人という誤解が多々あります。むしろ性病になったとか梅毒をもっていることを自慢するバカもいるのです。




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吾妻ひでお「けいおん!」批判についての考察

吾妻ひでお先生が先月の公式ホームページでの漫画日記で物議となった発言がありました。

しだいに「吾妻」色が薄まるアニメ界に対する脅威を感じらっしゃっている。だが、吾妻ひでお先生が「SF美少女アニメ」「オタク」の教祖と呼ばれたのが、いまから三十数年前であるから、どんな天才でも時代の流れを止めることはできないです。

そもそも「けいおん!」というアニメは、同じ京都アニメション製作の「涼宮ハルヒの憂鬱」とは対極の性質である。

吾妻先生は「涼宮ハルヒ」シリーズなら大いに歓迎するが、「けいおん!」では、吾妻先生が求めている「ナンセンス」「ユーモア」「ギャク」「SF」という要素がなく、そのようなアニメを観ることで、自分の影響力が次第に衰退したという脅威を感じたかもしれません。

最近の漫画でもギャク漫画らしい絵柄を描く人が少なくなり、ギャク漫画でもアニメタッチのキャラデザインになったことは、ようするに「かつての『丸っこい手塚絵柄』の影響」が時代がたつにつれてなくなるようなものです。(その意味で絵柄では吾妻先生が手塚治虫絵柄を使った最後の作家でもあるのです。)

また吾妻先生の「スクラップ学園」という学園SFがなければ、もしかしたら「涼宮ハルヒ」シリーズも世に出てこなかったかもしれません。

「涼宮ハルヒ」シリーズは、始点の「スクラップ学園」から「ギャラクシー・トリッパー美葉」という作品を経由して出来上がった作品だと考えられます。だから、吾妻ひでお先生の「スクラップ学園」がなければ、「涼宮ハルヒ」という作品も出て来なかったと考えられます。

もし、吾妻ひでお先生が漫画家として存在しなかったら、21世紀の現代でも、少年SFヒーロー物が幅を利かせており、まして少女が主人公の作品はほとんどなく、また「萌え」「オタク」という単語も存在しなかったと思います。(その分、アニメ作品数が少なくなったかもしれない。)

吾妻先生が存在しない、「もし」と言うこと考えると、オタク不在のアニメ界は現代と大きく異なったものになり、(これは自分の想像だけど)「超人ロック」とか「地球(テラ)へ」など少年ヒーローものが国民的アニメになったと思います。

まして深夜アニメという概念さえ生まれてこなかったかもしれません。

で、スクラップ学園の単行本は現在、入手困難であり、復刻も期待できない状態になったのは、2006年にコンビニ向け単行本「スクラップ学園・天真爛漫編」が発売されましたが、ほとんど売れなかったので古本屋でも見るけるのは、かなり困難だと思います。秋田書店がちゃんとした形で、「スクラップ学園」を復刻してくれれば良かったと思うのです。

吾妻先生が二番目にお気に入り作品(1番お気に入りなのがテレビアニメになった「ななこSOS」で)なのが「スクラップ学園」であり、先生が求めている「ユーモア」「ナンセンス」「SF」「ギャク」などがたくさんつまった作品なんです。(吾妻先生は大のSFマニアですから、どんなかたちでもいいからSFになっていればいいのです。)

世代間の価値観がことなり、「けいおん!」がつまらないと思うのが、オヤジだといわれても仕方ないと思います。たしかに「けいおん!」は、後半だけ観たけど、大きな事件や山場、オチなどがなく、あまり面白くなかったと思います。

--------------------------------------------追加事項

アマゾンで買える作品を集めましたが、当時はSF・美少女の元祖・カリスマと呼ばれていましたが、現代の視点で見れば、SFというよりもファンタジーだと思います。

そもそも前回の日記に書いたように、吾妻先生は熱心なSFファンですがハードSFは一度も描いたことは無かったと思います。むしろコミカルなファン タジーにしか見えません。もっともSFらしいのは「不条理日記」というSF小説・SF映画・SF漫画のパロディをギャク漫画にしたものだけなんです。

で、集めて最も質が高いと思うのは、(これは自分の好みですが)「オリンポスのポロン」だと思います。毒(不条理ギャク)が最もないだけあって、初めて読んだ時は、別の作家の作品だと一瞬思えたのは、絵柄が「石森章太郎」に近く毒がないギャク漫画だからです。

ようするに「オリンポスのポロン」でテレビアニメになったから、その方向で行けば、もしかしたら失踪する事は無かったと思います。

かなり古い話しになるが、1970年代当初は、石森章太郎原作の「好き好き魔女先生」とか東映動画原作の「魔法使いチャッピー」など、ある意味では美味しい仕事を貰っていたので、漫画家なら商業的に考えれば、その路線で行けばよかったのではないかと思います。

あとは、吾妻先生の作品でテレビアニメ化しそうだったのが「ぶらっとバニー」で、ただし主人公が白目なのが、キャラクター的に問題ありということでアニメ化しませんでした。吾妻先生もバニーの弟をだしてアニメ化を狙ったのですが、思ったように行かなかったのです。

ようするに吾妻ひでお先生は商業漫画家ではなく、芸術家を自負しておりますので、あまり漫画で儲けるという発想は皆無だったのではないかと思います。

最も人気があり先生も描いて楽しいと思える作品は「ななこSOS」であり、テレビアニメにもなった作品です。「オリンポスのポロン」とか「ななこSOS」のような読者うけする楽しい作品を作り続けていたら、失踪する事は無かったと思います。

コミカルなファンタジー路線で行けばよかったと思います。

最近はネットで、吾妻先生のWeb漫画日記で「けいおん!」の批判をしたら、物議を出してしまいました。これが宮崎さんや富野さんが批判したなら、 叩かれないと言う意見もありますが、その通りだと思います。要するに強烈な力を持ったアニメ界の巨匠が批判したなら、反感を持たないと思うのです。それが ほとんど無名に近い売れない漫画家が批判したのが、いけなかったのです。

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過去は永遠に戻らない いま考えてみるとモルモン教とは

過去のモルモン教は、たしかにイベントが多くありましたが、次第に面白くなくなったのは、独身成人(青年会)の年齢では次第に自分が年長者になり話が合わなくなったからです。

まして長活発会員の姉妹たちは完全無視ですから、女らしさを感じられないようなモルモン教の道徳の基準。そもそも道徳の基準と言うのは個人個人が異なるのでそれを全員一致でみな同じ基準にすること事態が(全体)共産主義的な発想だと思います。

人それぞれ立場があり、なかなか直せない悪い習慣や趣向などもあり、周囲がその人をコントロールするほど磁石の反発作用みたいに逆効果になることが多々あります。

今の自分の状況になったのも、自分の個性否定の結果だと思います。
個性の否定、その人の価値観の否定は、結果的には悪癖しかなく結果的には、そのように育てた本人が苦労を強いられる場合があるのです。

最近、無差別殺人事件が多々あるのは、その人らしさを否定して、まったく違う個性へと強制的に改造する事で、結果的には無差別殺人犯になるのです。

第一、全ての人が全ての人に好まれる個性にしたら人間が人間ではなくなりロボットよりもロボットらしい存在になってしまい、単なる生きた機械でしかなら無いのです。

「教会の標準」というのは結果的には、その人の個性を完全に否定するので、その反動は時間がたてばたつほど、反作用が強くなると思います。


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教会公式サイトは誰のものではなく教会のものである

個人的には教会公式サイトは、やる気があり相応しい人なら誰でも良いと思います。
その意味では教会員であるなし関係ないと思います。

ひとつは、この責任を楽しく喜びを持って行えることです。その意味では技術よりも意欲が重要だと思います。

もう一つは責任者を明確化させることです。

その意味では、「○○の責任には負担となる」と考えるようですなら、その人に相応しくない責任なんだと思います。

その意味では躓きにならないように、十分気をつけるべきだと自分はそのように思います。

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mixiは二つの流れが在る/神様の栄光を求める信仰

今まで散々、mixiのネガティブな内容を書き込んでいましたが、実はノンポリな人々もいるので友達同士の連絡用に使う場合もあります。

また、アマチュア無線と同じで知らない人と文字で会話するだけで十分の人もいるのです。

たしかにmixiをみると愚衆主義的な雰囲気があるのは、たいていは18歳から35歳までの青年がほとんどであり、ある意味では苦労知らずだから、厳格なことをいくらでも言えるのです。若いうちは職業をえり好みできるし、不況でも一部の人は安定した地位にいるが、実は、人間は嫉妬の塊なので、幸福そうな人を見るだけでイライラする、その人に殺意さえ感じる。
だから自分にあとでどんなに酷いしっぺ返しが着ても良いから、とにかくあいつを地獄の苦しみに落としてやりたいと念じるのです。

遇衆主義者と無思想な人とは、何処で別れるのか、嫉妬深さからだと思います。
人の不幸の話しを聴いて喜ぶ人が、けっこう過激な意見、たとえば安楽死施設を日本中に作って死にたい人に安楽な自殺の権利を強く主張するとか、ホームレスや障がい者を一人残らず、いや仕事もできない人も強制的に安楽死施設で殺す事を求める意見が多いです。

そのような過激な意見があるか、秋葉原無差別殺人事件が起きたのではないかと思います。なにもmixiだけではなく、2ちゃんねるやケータイサイトの掲示板などでも、過激な意見が多数あるのです。

そもそも日本が民主化はアメリカが強制的に行い、歴史的にまだ浅い未熟ですから、民主主義というよりも偶衆主義とか多数専制政治に陥りやすいのです。

その意味では、エリート専制政治(独裁制)のほうがマシではないかという意見があるが、良い独裁者は極少数だと思います。独裁制だと反抗勢力との血なまぐさい戦いになるので、やはり近代的な議会政治を行い、徐々に民主化を行う、それに人権について啓蒙運動をするべきだと思います。

日本が本当の民主主義国家になるにはあと40年はかかると思います。



それから、献金については日頃の感謝の気持ちを捧げる事が本来の献金のあり方だと思います。まちがえても何か仕事が上手く行くように願う気持ちで十分の一献金をするのは、不純な気持ちだと思います。

むしろ仕事に不満を持ちながら十分の一献金をしても、裏心があれば、現実としてあまり環境の改善に期待できないと思います。

神様に対する愛が必要であり、神様を皆で礼拝するために教会があり、教会とは建物ではなくクリスチャンの集まりなので、一人一人のクリスチャンが教会の一部なのです。

たしかに教会が困窮したら初めのうちは、皆が教会のためにいつもよりも多く献金する意欲が起きるが、それが、しばらく今までどおりになると、今までのやり方の献金になると思います。だから、教会のためではなく、神様への感謝の気持ちの捧げ物、純粋な気持ちで収入の一部をお返しする事だと思います。

極端な言い方すれば誰も献金しなくなれば、教会は運営できなくなります。教会が運営できるために献金を捧げるのも一理ありますが、教会は伝道者家族のものではなく神様のものですから、神様の栄光のために捧げるべきだと思います。

単純に言えば、教会員の人数が一人でも多くなれば、それだけ献金の金額が増えるのから伝道が大事ではなく、真理を伝えることで一人でも多くの人が魂が救われる事が重要なのです。

厳しい言い方すれば、ほとんどの教会員が純粋な気持ちで十分の一献金をすれば、教会が祝福されて、逆に言えば、教会員の数も増える。だから、教会から離れる人も少なくなるから必然的に日曜礼拝の出席者も増える。

教会員が増えれば、それだけ楽しいイベントも増えるので、信仰生活も活気あるものになり、若い人たちも自然と集まるようになると思います。

十分の一献金は強いられて行うものではなく、自主的に純粋な気持ちで行わないとならないと思います。

理想論になりましたが、とにかく言うのは簡単ですが行うのは難しいと思います。

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教会年報と公式サイトについて

今年も教会年報を作ることになりますが、まず初めに計画を立てて段取りから始める必要があります。

まず何を準備するのか、話し合う前にメモをしておくことです。

事前に報告をすることと、それから、原稿用紙とか原稿を送るメールアドレスを公開することも重要だと思います。年報専門のフリーメールもあっても良いのではないかと思うのは、へんに原稿内容をチェクされるのではないかという不安を払拭するために良いのではないかと思うのですが、どうなんでしょうか?(教会宛のメールに集中させれば、外聞部に漏れないという安心があると思います。またはフロッピーディスクから、USBメモリーとかCD-Rに書き込むなど多くの方法があります。)

ページ作りから初め、原稿と昨年度の資料集めを行い、そして集まった原稿はワードで編集するべきではないでしょうか?

良い訳臭いが、昨年は近所のトラブルがあり(長時間継続の騒音・振動)の問題があり、
そのためにストレスを受けて、精神的にかなり不調を来たした時期でした。だから教会年
報が思い通りに行かなくなりました。

あまり細かい事を書き込む必要が無いので、とにかく、あまり目を三角にしない程度に疲れて仕事に支障を来たさない程度で良いのではないかと思います。

もう一つは「教会公式ホームページ」ですが、誤字の撲滅の必要性がありホームページ作製ソフトでも文字が小さい状態で文字入力をすると、目も疲れるし漢字語変換に気がつかないことがあるので、エディターソフトでテキスト(文字)を入力すれば、文字も大きいので漢字を誤変換を見逃すことが比較的に少なくなると思います。

ネットスケープの付属ソフト・コンポーサーというホームページ(Html言語編集)ソフトを使っているのは、機能がシンプルで市販品のソフトと違い余分な物が無いということです。

ホームページは基本的にHtml言語であり、テキスト言語を発展させたものですから、極論を言えばwindowsの付属ソフト「メモ帳」でも編集は可能ですが、文字が小さくみえるので、能率良く使えないと思います。

公式ホームページでも教会年報でも共通して最も苦労したのはレイアウトよりも、文字の誤変換です。年報ではページの節約になっていないことです。ちょっとしたことで精神的な苦痛なることがあるので、今のうちワードの使い方を調べたい使い方を熟知したいと思います。

後は意見が喰い違うことで言い争うことのないように、結論を言えば100点満点のものを作るのではなく、70点レベルのもので充分という気持ちで作らないと仕事や生活に大きな支障を来たすと思います。

目標は70点であることです。完璧主義になるとそれが原因でストレスとなり二度とやりたくなくなるので、とにかく70点、80点レベルのものができれば良いのではないかと思います。




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ポメラと任天堂DSが欲しいが

任天堂DSならゲームでどこでも勉強をすることに使えるのです。あまり欲しいソフトのことはいえないが、あえて言うならアニメ系のゲームソフトで気分転換に使えると思います。

それから、ポメラはアマゾンあたりで買うと安くなるらしいです。
ただテキスト文字入力専門なのでもう少し安くならないかと思うのです。ポメラを買う人は経済的に余裕がある人が買うと思います。

家電量販店では全然みかけないし、どんなものなのかいじれないのでキーボードの入力がしやすいのかは、アマゾンの評価やmixiのポメラのコミュニティでの評価しかわからないです。

現在の自分の経済状態だとポメラを買うのは、「清水から飛び降り」ような勇気が必要です。

前回ではPCのエディターソフトを使えば良いのではないかと書き込みましたが、それを習慣化するまでがたいへんであり、むしろポメラのように手軽に文字を入力することができる。または、非公開の日記やアイデアなどもメモを取れるのです。

それから、あとでポメラで読みかえしすることができ、反射式モノクロ液晶ですから目が疲れないので長時間の文字入力に対応できると思います。ATOKという漢字変換ソフトというのが魅力であり、マイクロソフトの漢字変換ソフトよりも精度が高く、すばやい文字入力では漢字を正確さがかかせないです。

たしかにネットパソコンよりは遥かに安いのですが、人それぞれ経済状態があるので、特に買うときには慎重になる必要があると思います。


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質の高いブログを作るツール・ポメラ/効率良い英会話習得方法とは

ポメラはけっこう人気がありユーザーの評判が良いです。その意味ではネットパソコンよりも機能限定で、思いついたときにキーボードに文字を入力すれば良いのです。

ではネットパソコンも24時間電源を入れぱなしにすれば自分の部屋にいる時間が長ければ、そちらでポメラの代用できるのではないか。ひとつは外出先で頻繁に使う機会が多いことがポイントだと思います。ポメラを使う場合は。

あとポメラは、頻繁にブログを書き込む人が、後でPCで文章を整える習慣があれば使うべきだと思います。その前にエディターソフトを使い、ブログの入力画面にコピペして、それを修正すれば文章の質がよくなると思います。

ポメラを使うには、外出先でも文字入力をする必要がある人は価値があると思いますが、自分の部屋だけで文字入力するなら、いままでのようにPCを使いエディターソフトで文字入力をする習慣をつければポメラは必要ないのではないかと思います。

あとは英会話の効率良い勉強方法とは。

最も良い方法は、外国人(英語圏)とコミュニケーションをとることです。できるだけ性格が優しそうな人に話しかけることが重要だと思います。あまり子どもとか、怖そうな雰囲気の人、たとえば刺青を入れているような人など避けたほうが良いと思います。

子どもは世界共通もっとも正直なので、大人のように自分とは違う、違和感あるものには警戒する傾向があり、とくに彼らから外国人だと思える人だと、得体が知らない人、どんな人格なのか不明なので警戒するのです。それがカタゴトの英語だと、英語として認識できないのです。

初めの印象で親しみがあるのか脅威に感じるのかが決まってしまうわけです。

それを乗り越えて、話しかけやすい米国人の大人を捕まえて、挨拶する会話をすると、自然とコミュニケーションが取れると思います。人間のコミュニケーションは、80パーセントが非言語であり、態度や口調などが重要なのです。会話の内容は20パーセントなのです。

とくに目の動きだけは無意識に動くので、それだけは誤魔化せない。それで心の動きがもろに出てしまうので、気持ちを上手にコントロールする必要があります。

極論を言えば、海外留学すれば、英語は必要となり、英語を使う機会があればあるだけ、年齢に関係なく覚えてしまうと思うのです。

また、30代過ぎで英会話を習うよりは、日本語を上手に話しなさいというのがあります。

たしかに英語と日本語のバイリンガルで、英語で思考する人だと、日本語の語彙が乏しい、単語の使い方、選択のセンスが悪いと思うことがあります。

その意味では、日本語を上手に話す勉強をすることも重要だと思います。

英会話は頭の回転が早いことも重要です。時々、カタゴトの英語で会話する時があるが、後になって、この喋り方をすれば良かったと思うことが多々あるのです。

自分が知っている英語での表現の半分しか使われないのが英語でのコミュニケーションの実体です。聴くのは比較的簡単でも話すのは難しいのが英語なのです。

最も一人で自分の部屋で英語を習得するには、前回も書き込んだのですが、英語のアニメを観る事です。たしかに日本のアニメのほうが外国のアニメよりは遥かに面白いです。海外ではアニメは子どもが観るものという認識があり、さらにコミックなどでは、個人が描くのではなく、分担制度があり、ストーリーは脚本家、作画はイラストレーター、海外のコミックはほとんどがカラーですから、色塗り専門の人もいるわけです。複数の人がコミックを作るのです。コミックやアニメは子供向けというから、あくまでも子供向けにするから外国の作品は面白くない。さらに文化が異なるから、なかなか面白いと思う作品に出会えないです。

それでも英語のアニメを観るならCartoonnetworkというチャンネルを観られるようにするしかないです。一部の作品では日本のアニメに負けないくらいの面白い作品にであう場合があります。

自分が所有している海外アニメのDVDは、「スーパーマン」「JQ」などがあります。

子供向け勧善懲悪という単純なストーリーだから、逆に言えばストーリーが簡単だから、英語の台詞が解らない訳せなくても、日本語吹き替えでなく英語のまま観ても、英語を楽しみながら英語を聞き取る力を得る事ができるのです。

ディズニーは個人的に好みではないし、もろに子供向けなのであまり大人にはお勧めできないと思います。むしろワーナー系のアニメのほうが日本のアニメに近い雰囲気があります。

複雑なストーリーとか、台詞が多すぎるものは、話しが見えてこないのであまりお勧めできないと思います。

個人的には1990年代版「スーパーマン」は、日本のアニメと比較すると作画が下手でストーリーは単純だけど、逆に言えば話の先が読めるから英語を覚えるにはちょうど良いかもしれません。「JQ」は1960年代のハンナバーベラの作品(現在はワーナーが著作権所有)ですが、作画はいかにもアメコミなので味がある見ごたえある映像です。これも勧善懲悪な単純なストーリーで先が読めるから、物足りない雰囲気があるが、日本のアニメには無い独特なアメコミな絵柄を楽しむなら丁度良いとおもいます。

Cartoonnetworkというチャンネルを契約する、それを長時間観るという方法、何か「英語は学ぶな!」的な発想ですが、英語を難しく考えて脳に負担をかけるよりは良いと思います。







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「英語は逆から学べ!」は間違えている?

この本の最後に「英語のスペル字幕を見るな」と書いていますが、実は、英語のスペルを見ないと英語が聞き取れないのです。

英語の場合は、少しだけローマ字に近い表記があり、英文を見れば、俳優の喋っている英語がある程度聞き取れるが、英語字幕がないと、ほんの僅かの英単語しか聞き取れないです。

それを何回やっても同じ事なので、ある程度英単語を読み取る聞き取る訓練は必要だと思います。

個人的には、Fから始まる単語のほうが馴染みやすいのです。

逆にEやTから始まる単語は、最も使われる文字ですが、最も発音しにくい単語が多いのです。
たとえば「イングランド」という単語は、初めの「イ」は唇を広げてというが、日本語のイとは音がぜんぜん違い、イとエの中間のような音なのです。

自分が思うには何故、学校の英語教育で発音記号を教えなかったのか?そして単語が繋がり短くなる現象をあまり教えないのか、疑問に思います。

英語だけでテレビドラマやアニメを観るなら良いですが、ドキュメンタリーなどは、初めに日本語で観て、次は英語というので、時間が2倍かかるのです。

あと英語とフランス語は同じ欧米の言語だから似ていると思ったら大間違えであり、実は、文法が全然異なる事と、覚え方が違うことです。

英語だと習ったことがある言語で、外来語で親しみある言葉が多々ありますが、フランス語はまったく習ったことない言語ですから、実はフランス語のほうが、文法を一まとめで覚えたほうが早い。スペルは難しすぎるので、文字表記は一切覚える必要はない。他のラテン語系と違い”ヘボン式”ローマ字読みができないのです。(フランス語式のローマ字表記はあるようですが)

英語の場合は英語脳を、フランス語の場合はフランス語脳を脳内に作る必要があるのです。

ストーリーが単純なアニメのDVDを観て、英文の字幕を見ながらヒヤリング力を鍛え、一日2時間続ければ良いとおもいます。

毎日、英文字幕を2時間観ないといけないのであまり能率は良くないですが。それを忍耐強く行うと

ANF英語放送を聴いた時には、意味が訳せない細かい部分は理解できないが、以前よりは発音が聞き取れるようになるのです。

日本のアニメが英語音声に吹き替えさせられているもの。これらは少し古いが、ネットにUPされる時にダウンロードして、話の内容が解っているアニメを観ながら英語に親しむのが良いと思います。

あとは1970年代の洋楽、特にオリビアニュートンジョンの歌は英語の歌詞は比較的に単純なのでなんだか中学生の時の英語のレベルで歌を聞き取る事ができると思います。


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ポメラは欲しいものではなく「必需品」だろうか?

超小型ノートパソコンよりも遥かに安く、昨日はテキストファイルを打ち込むだけで起動時間は僅か2秒の「ポメラ」はぜいたく品ではなく必需品でしょうか?

日本国内での評価はかなり良いですが海外での評価はまったく聞いたことはないです。これは日本語の語彙が多いことと漢字を使うため、とても複雑でどのような言語よりもきめ細かな表現ができる日本語ではポメラは必需品になるのではないかと思います。

それに較べて英語の場合は語彙が日本語よりも少ない。だから、意味が通じればどんな表現でも言いのだろうかと思うのですが、実はネティブからジャバリッシュ(日本人の英語)を聞くと、簡略化された古い英語に聞こえるらしいです。

そもそも中学や高校の英語を現代のネイティブはほとんど使っていないです。日本語にたとえると古文に近い言葉使い。または、日本の学校英語教育の英文は文語体になるのです。

まず日本語は文章の順序が目茶目茶でも何とか意味が通じるが、英語は文章の順序が正確ではないと通じないのです。

英語について詳しいことはわからないが、

日本語の場合は発音や言葉使い、さらには敬語・尊敬語などがあり、性別で言葉使いが異なるので、それが他の国の言語よりも語彙や表現が豊富な言語なのです。

そもそも日本語は特殊な言語と言われますが、母音が5個だけなのが世界の言語の主流であり、最も有名なラテン語でさえも母音が5個しか無いのです。子音も少ないのです。あまりにも子音母音と規則的だから「カナ文字」が日本で開発されたのです。(ただし平安時代の日本では母音は8個あったという説もあります。)

母音と子音が少ない言語だが、その反対に語彙が最も多いのが日本語であり、そのため質の高い文章を書くには、ポメラで入力して、パソコンで文字修正するのが読みやすいブログにできるのではないかと思います。


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女子高生の言葉になっているニュースとは

以下のニュースの文字が女子高生化しているので、ブログなどはどんなに漢字語変換があっても、どうでも良いが、公的なニュースの場合は、問題ありだと思います。

http://www.excite.co.jp/News/society/20090302/Kyodo_OT_CO2009030101000495.html

2009年3月2日 03時02分
脳の神経細胞が時を刻む 「間」の取り方解明

 スピーチに挟む効果的な「間」やスポーツでの間合いなど、日常生活で無意識に適切な間を取ることができるのは、脳の神経細胞が砂時計のように時を刻んでいるおかげ―。こんな脳の働きを丹治順・玉川大教授(脳生理学)と東北大のチームが見つけ、1日付の米科学誌電子版に発表した。脳が秒単位の時間をつくる仕組みを解明した初の成果で、時間認知に障害が出るパーキンソン病などの治療に役立つ可能性があるという。


「時を刻んでるおかげー。」女子高生が書き込んだニュースですか?笑えます。

なお、個人的にはあまり顔文字を使わないのは、顔文字を作れないのではなく、内容が軽くなった感じがするからです。

やはり文字が観やすいエディターソフト(「メモ帳」みたいなソフト)で大きくした文字で入力と修正してからブログの記事に貼り付けるべきかもしれません。

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ネットのモルモン擁護・反モルモンをバカにするのは活発モルモンではない!

10年以上前のモルモン教の実体と現在のモルモンでは、世帯交代などもあり、過去の事を述べるのはナンセンスであり、まして、当時活発だった人が今でも活発だとは限らないからです。

一言言わせてもらえば、従順はたいていは良い意味に捉えられるが、十数年前の活発モルモンは思考がひねくれており、従順=自我が確立していない「自立していない」「親のすねかじり」「マザコン」というように評価され、その意味では従順で、まさかモルモン教の信仰を捨てるとは思われない自分が、なぜモルモン教信仰を捨てたのかは、周囲の人の悪い意味での評価。それも80年代後半から90年代の歴代の監督でさえも、否定的に捉えたため、最も締め出すためには、奉仕の機会を与えない。また、会話の輪に入れないで浮いた感じにさせる、有志の娯楽的な活動を一切誘わない教えない。教えなくても良いから、それなら、最後まで自分が知らないようにしてくれて欲しい。孤独感を強調させたことです。

従順な故にそれが自我がない自立できないとねじれた評価をされて、そのまま数年、1990年あたりから1998年2月まで自分の気持ちの中に「モルモン教会に行きたいない」「モルモン教に行くとより孤独感を感じる」「教団の人が皆、自分のことを見下している」「モルモン教にとっては元気ない自分は敵対行為とみなす」など、

従順になればなるほど、捻じれ現象による歪が激しくなり、それが精神的ダメージ、そして、後もう少しでモルモン教の女性と結婚と言うところで、親の反対があり、モルモン教のカミに裏切られたような気持ちになり、何かが間違えていると確信しました。

前置きが長くなりましたが、
あえて結婚をしたがらない若者も多い。その反面いざというときは三ヶ月以内で確実に結婚できる自信があるから「結婚できないのではなく結婚しないだけ」で、本音を言えば、家庭不和の連鎖をこれ以上作りたくない、自分たちの世代で時代錯誤の家族主義を葬るには一生独身が言いということです。

そのような考えのモルモンの人もいえれば、反モルモンが消滅した現在、いまだにねちこく反モルモンを批判する、自称活発モルモンとは、仮想上モルモンであり現実ではお休み教会員であり、モルモン教の教義を反モルモンほど理解できていないでお休みしただけなのです。

反モルモンは一種の負け犬であり、ある意味では弱者であり、それを叩く事で、自分が彼らよりはマシな人間だと認識して優越感に浸れるのです。

活発モルモンの場合は、そんな事をする暇は無いと思うのです。

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任天堂DSとPSPというゲーム機が欲しい

PS3はスペックは高いが、電力をばかくいする、ソフトが少なすぎるため、AV機器として使われる場合が多々あります。

PS3もパソコン化させることができなくはないが、実はイエロードックというLinuxというOSをインストールをするのが難しいのと、メモリーが258メガバイトしかないためパソコンとしてはまだwindowsのほうが使いやすいと思います。

特にお勧めしたい、自分も欲しいのが任天堂DSですが、たぶん本体が安くても豊富なソフトがあるために、今のような貧乏生活ではあっというまに文無しになります。また、ネットとアニメで手一杯なので、寝る時間さえもなくなる可能性があります。

任天堂DSはパソコンソフトよりも有益な自己啓発的な教養ソフトがたくさんあり、それで学習する事も可能なのです。

近年、ゲーム機を懸念する声が多々あるが、これは包丁と同じで、使い方しだいで凶器にも食事を作る道具になるのです。

なぜパソコンに固執するのか、それはインターネットではフリーソフトが多々あり、わざわざ買いにいかなくても、それで間に合ってしまうのです。

ただし英会話・英語発音ソフトのフリーソフトはなかなかネットでソフトを探し出すことができず、市販品を買うしかないです。

あとは、ブローガーの必需品となりつつあるポメラという、テキスト入力専門のツールがあり、人気がありすぎて、入手が困難な状態です。スイッチ入れたらすぐに使え思い出したこと、思いついたアイデアをそれにインプットすればいいのです。

頭を鍛えるには、脳にインプットするのではなく、アウトプット作業をすることが大事なのです。

ゲーム感覚で学習するサイトに行き、満点が取れるまで頑張るのも、学習には効果があると思います。

人間の脳は短期記録だとわずか3分から5分で忘れる。一気に多くの事を覚える事は困難なのです。それを無理にインプットすると認知症になる可能性が高くなるのです。脳に負担がかかる、つらくなりストレスを感じる。だから続かないということになるのです。

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問題解決力を強化させる方法とは。

参考になる本は、「メモをとる習慣」です。それから計画性も大事なので必要なスケジュールを作る習慣を持つことです。

どんな方向にむかってもいいから計画性をもたないと将来は暗黒になるばあが在ります。

所詮、悪魔サタンからみれば、人間はサルと大差ないような知的存在です。

サタンにとっては、人間の行動は猿の行動を見るようなものです。

逆に言えばサタンのような知能があれば、どんな問題も解決できるほど想像以上に賢いのです。

最先端の技術を受け入れる準備をするために、最新の知識を得る事が重要だと思います。

あとは、メモをとる習慣をもつことで、それにスケジュールをたてるのは、仮にできないことでも良いから、それをメモする事です。

思考力強化するたにゲーム感覚でできるソフトを使い頭を鍛える事が重要だと思います。

本来は数学などが物事を順序建てて論理的に考えるには有益なんです。でも、数学は理解させてくれる教師がいないと勉強にはならないので、結局は頭脳を鍛えるソフトが必要だと思います。

まず無理をする時、辛いと思うときはサタンの力が必ず入っているからです。逆に夢中になるときはサタンの影響はない状態です。

あまり脳に負担をかける訓練の仕方をすると、逆効果になり、頭が堅くなり認知症になる原因になるのです。認知症とは脳神経が縮小した状態。特に短期の記録を司る部分を破壊された状態です。短期記録に頼る勉強ではダメなんです。

一番悪いのが受験勉強みたいなやり方が脳神経に負担をかけるのです。

覚えていることをアウトプット(出力)させることが重要で、それがブログを書くとか、ノートにメモ書きをするなどです。インプットするのはすぐ忘れるようにできているのでそれを無理に覚えようとすると脳神経に負担がかかり、将来、認知症にしてしまう危険性が高いからです。

ゲーム感覚とアウトプット作業が脳を鍛え負担も少なく脳の思考力が高くなるのです。

将来、いろんな問題が多々あると思います。
そのとき賢く振舞わなければ試練に潰されてしまうからです。

学力や知識が人を救うのではなく、知識と賢さがあらゆる問題を解決するのです。

今後の社会教育は、問題解決能力の高さが必要です。

あとは周囲の人への配慮や気配りが賢さの基準になると思います。



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自己反省として高齢者に尊敬の念を

最近は老人による介護がある状態で、はたして長寿は幸福なのか疑問に思うし、または、認知症や高齢による精神障害(妄想・幻聴・幻覚など)の問題があります。

それを正直な話、邪魔者扱いする人もいますが、本来はそうなる前までは過去の医学だったら環境だったら長く生きられなかったと思う人ばかりなのです。医学だけが進歩して、健康な精神の持続に関する研究は今までないがしろにされて来たのです。

認知症とかは仕方ないと考えて諦めがつくのでストレスが少なく感じますが、比較的に頭がクリア、認知症ではない高齢者は口が悪いため高齢者を敬遠する人も多々いると思います。

まず、認知症なり精神障害なり、または頑固で言葉がキツイ高齢者へは、過去の時代に頑張って現代社会があるから敬意を払わないといけないと思います。

高齢者介護の仕事がたくさんある割には、すぐに辞める人も多いのが介護業界です。それには職員同士の人間関係の問題があり、ストレスを溜め込んで辞めてしまう人が多々いるわけです。

自分のように初めから負け戦したくないと思い、資格がとれても職業として選択するべきではないと考える場合もあるのです。

と言うか、しばらく就職できないのも、介護関係の資格を取ったことが大きな原因だと思うのです。また軽貨物自動車の仕事で酷いいじめに遭った。自動車をわざとぶつけるほど気が変になってしまった。立ち直るまでには時間がかかりました。

結果的には宗教的なことなど考えている暇が無い状態でした。


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モルモン教とキリスト教の大きな違いとは、神秘主義

現在でもモルモン教に入信するのは、神秘主義やUFO・オーパツ・超古代文明など聖書のみのキリスト教の世界とは、感覚がまったく異なることです。

キリスト教会の場合、とくに「キリストの教会」の若い人の場合は、優等生が多く、学力が高い、だから英語も日本語のような感覚で喋れるほどレベルが高いのです。だから大卒は当たり前なのです。

その意味では、思考的には人種が異なりすぎるのです。

まずモルモン教宣教師に上記のような神秘主義的な話をしても喜んで付き合ってくれるが、特に聖書研究に熱心な「キリストの教会」ではあくまでも話題は聖書のみですから、上記のことをいっても理解されないのです。

モルモン教には何でもありと考えるのが正しいと思います。

特にあまり話題とされていないUMAなど未確認生物の話しから、世界の秘密結社まで「キリストの教会」の若い人以上に熟知しているのではないかと思います。

モルモン教に改宗させるには、とにかく「ムー」という雑誌を必ず毎月購読してモルモン書よりも、そちらの本を読んだほうが良いと思います。

モルモン書はあくまでもキリストのことだけを証するだけの書物であります。なお、改宗者には二つの流れがあり、バージンハンターの男性もおり風俗嬢とちがって誰も触られていない女を狙うために改宗するのです。だから、モルモン教では顔が悪い女性ほど既婚率が高いので美人は汚らわしいものとされるのです。

この世の基準・価値観とは正反対なのです。

モルモンの男性はブス専・デブ専男性が多いので、結婚をあきらめた女性もモルモン教に入れば、ちやほやされてデートを誘われる可能性も高いと思います。



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ブログ運営について

実はキリスト教信仰生活の個人的な日記のつもりなんですが、最も多いのがMDをmp3ファイルしたいという内容が多く、次には、「鉄腕アトム最終回」についての日記です。

実はもう一つのブログがあり、これは、もっと洗練された内容で写真入なんです。または、後には音声も載せる予定です。

最近はネットの傾向を懸念する内容が多くなり、結論を言えば今の時代は民主主義もファシズム・共産主義も否定する、愚衆主義(新自由主義待望)の時代だと思います。日本の場合、まだ民主主義が定着して60年程度であり、それも自分たちで手に入れた民主主義ではなく、日本が敗北してアメリカが勝手に押し付けたものなのです。そこが他のアジアの国々のような徐々に民主主義が芽生えて発展するのとは違うのです。

話しはもとにもどって、ネットのラジオなど音声をMDに録音するのは誰でもできるが、逆にMDからPCに録音するのは、適切なソフトを見つけないとならないです。多くのフリーソフトがあり、PCのライン入力端子とMDを接続して、それを再生させながら録音するのが最も簡単です。

光ファイバーケーブルの場合は、ダイレクトにCDラジカセ(またはミニコンポ)でCDをMDにダビングしないとならないです。

MDですとCDをレンタルしたものもあり、これがかなり古いものですが、実はMDがでたのが1990年代で、あの当時の音楽はあまりきかないです。

すっポッと、90年代が抜けて知るのが自分の状態です。
なんというか、今よりも、酷いうつ状態で何もかもが暗く感じたじだいですから、あまり楽しい思いでもないです。

逆に80年代は楽しい思い出が多いので、どうしても80年代とか、それよりも古い音楽を今でも聴くことがあります。

その意味でMDをMP3にダビングは面倒なのでやっていないです。

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インターネットでは直接民主主義は不可能!

民主主義とは最低でも100年継続しないと有権者も成熟した意見が出ないので、民主主義というよりも遇衆政治、多数専制政治となる危険性があり、結果的には賢人専制政治へと民主主義の崩壊を招きます。

では、ネットの発言はいくら声をおおきくしても、0に等しい。

やはり選挙活動をすることが大事だと思います。

選挙はお金がかかるというけど、落選してもともとなら政見放送に出るだけの価値はあります。たぶん、ただで5分間、公共の電波を使わせてもらえるのです。

選挙の政見放送は県議会選挙から参議院・衆議院まであり、または県知事選挙もあります。

選挙のポスターを作り、街頭演説で好き勝手な事を言い放題だし、政見放送でテレビにもでれるのです。

落選しても、自分の意見を公式に言えるチャンスなのです。

ネットだと、匿名性が高く、読む人が反感を感じるだけです。

では時代はファシズムを求めるようになったのか?独裁者が有能な人を人気とは関係なく選び、選ばれた人が国民のために政治を熱心にしてくれる。ましてファシズムだと結束という意味があるので、カリスマ性がある政治家が、後世に継承者が適切な運営できるシステムを作れば良いだけなのです。

そこがファシズムの長所なのです!

たしかに古代ローマでも共和制という民主的な社会が行き詰まり、だから、有能な人が皇帝になって、無能なら辞めさせるというシステムを作ったから、その後200年は繁栄を続けたのです。

いまはファシズムや民主主義でさえも否定されているので、極論を言えば人工知能に任せる技術ができるまで、なんとか現状を維持するしかないです。第三の道というものを模索する必要があります。

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新自由主義とはポルポト型超共産主義

また元に戻りますが、
新自由主義とはあるブログでは「新封建社会」とか「新封建制度」といわれ、裕福な人はより裕福になりそれが極少数の人たちが億万長者になれ、大部分の人たちは、より貧乏になるという社会です。

何を好んで、それを望むのか?論理の破綻ではないかと思います。ちょうど戦前のドイツがナチスを熱狂的に支持して戦争で地獄を見るようなものです。

まして、ヒトラーみたいな雄弁な政治家がいうのではなく名も無きネットの住民がいうだけでそれを支持するのですから、日本は戦前のドイツよりもひどいとおもいます。

新自由主義とは福祉や社会保障は甘えとみなし、それを悪であり、正義とは弱肉強食の社会、自殺幇助は社会ためになるので、自殺幇助を商売にする人が激増すると思うので、ある意味では大量虐殺が起きても仕方ないです。

新自由主義でも最も得するのがマスコミです。
各地で犯罪や、さらに溜め込んだものが一気に爆発すれば、各地に暴動が起きる。それで視聴率が上がるが、デジタル化のためテレビの普及率は先進国とは思えないほど下がるのは、デジタル化対応もできない家庭が増えるからです。

予想としてはテレビ普及率、40から20パーセントへと落ち込むのではないかと思います。

逆に言えば、民主主義の原動力である、平和的な「デモ」だけでは解決できないなら「暴動」がおきる。暴動を取り締まれば、秘密結社による政治家暗殺事件の多発化。

それを放置させれば日本はソマリアやジンバブエみたいな国になり世界から孤立する運命になるのです。

ニートなど(働きたくても働けない精神的に障害がある人などもいれて)強制労働をさせても、最終的には職場での会社員への殺人事件から集団暴動までおきる。失うものが何も無い人間ほど何をするか解らないから、それほど恐ろしいものはありません。

たしかにナチスはナチスなりの理想があったと思うが、最近のネットの情報は理想論やビジョンさえなく、ただ、差別感情や仮想的有能間に浸りたいだけで、発言の暴走へとなっているので、その意味では戦前のドイツよりも劣悪なのです。

新自由主義とはソ連型共産主義の劣化コピーであり、そのような社会ができても、各地に暴動や犯罪が激増して、秩序が保てなくなるので、長くても半年は持たないと思います。

日本で新自由主義政策を行い続ければ、東西にアメリカや中国に分割されて、日本という国家もなくなるので、ある意味ではカンボジアよりも悲惨だと思います。

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MDからPCへ

MDからPCにダビング(コピー)

アクセスの生ログを見ると、最も多いのが「MDからPCへ」「MDをmp3ファイル化」です。

一昨年のブログの記事にかかれたことがいまだにアクセスされるのです。

最近のMDの使い方とは、ちょっと前のマイクロカセットレコーダー的な使い方になり、メモ録には丁度良いものになりました

また、MDデッキの中古品はたくさんあるのでわずか数千円で変えるわけです。むしろコンパクトカセットテープデッキのほうが重宝されるのです。

自分の場合はネットラジオの録音に使います。
題名が判らないけど「ジャズ」を適当に録音、キリスト教会の牧師の説教を録音まで幅広く使えます。ただし、ポータブルの小さいものは、ICレコーダーが使うので、MDはネットラジオ放送の録音に適しているのです。

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ソ連型共産主義以下の新自由主義社会による機械文明崩壊!

日本の場合、個人の所得税は北欧に近いレベルなのに福祉はかなり遅れているのです。

さらに福祉を否定を考えるとは、もし、自分が働けなくなった、突然会社を解雇されたリストラされた、再就職ができなくなった。で、住んでいるアパート家賃滞納で追い出されたら、今までの自分の考えは間違えていると思っても、すでに遅いのです。

まず、新自由主義社会が作り出す結果としてアフリカ大陸にあるジンバブエとかソマリアに滞在してみればわかります。どんなに酷い結果になったのか。または新自由主義者が大好きな北朝鮮の一般庶民の生活を体験してみればいいのです。

新自由主義の未来像とは上記の社会そのもの、いや機械文明さえも破壊するほど酷いものです。自由の名のもとの怪物なのです!

個人的には新自由主義のイメージというのは、無差別に人を刺し殺す凶悪通り魔をイメージします。

新自由主義とか福祉切り捨てなど、読んでいても面白くないので今回で終わりにします。

とにかく、日本にいるだけではなく開発途上国に行き、その庶民の暮らしを見ることが大事だと思います。

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思考が停止しているだろう?多様な発想のすすめ

人間を幸せにするにはお金持ちになることが大事だと思います。

では、どれくらいが貧乏で、どれくらいがお金持ちなのか?
自分の考えでは、金額に関係なく金銭管理ができる人が真の意味でのお金持ちであり、逆に年収600万円以上でも浪費壁があるひとは貧乏と思います。

人間、義務教育期間は全ての子ども達はある意味では、自動人形みたいなものだと思います。ストレスに対処できない逃げられないので、それが、自分よりも弱いものへのいじめになるのです。

子ども達はどうあがいても、親を変えたり学校を変えることができず、逃げる事もできないため、ストレスを受ければ、イジメに走るのです。

最近のネットでの社会的困窮者への非人道的発言も、子どものイジメと同じなのです。

いじめ自殺がおきても、いじめた本人には何一つストレスからは解放されず、また別のクラスメートなどをいじめるのです。

自分の考えですが、20年前と現代では、同じ20代・30代でも幼稚化してきていると感じるのは、信念を持たない信条も無い思想も無い。ただ感情論だけで世論を語り、その世論から出た影響で自分の首を締め付ける。

福祉の縮小は誰にも徳にはならないです。

多くの人が将来を絶望しており、だけど自殺する勇気が無い。
自殺する勇気があれば、自分で何らかのアクションを起こすのです。転職から事業を始めるなど、いろいろあると思います。政治活動もあると思います。それさえできないのは、ある意味では宿命論をしんじているのです。

幼児期から親から怒られてばかりいて、褒められた経験が無い。自分に自信が無く自分をダメ人間と否定する。

まず、人間を幸せにするにはお金が必要。

お金の話をすれば卑しいという人がいるが、それはより金儲けしたい人のでっち上げです。また「お金で人の心は買える(変える)」も真理なんです。それを不道徳とされ、安い賃金で長時間は高させるためにお金の話題をするひとは卑しいとされるのは、資本家がそれだけ労働者にはなるべく安い賃金で働いてもらいたいからです。

不満があるならお金をためてみろ!と言いたいです。

まずお金持ちのイメージを変えることが大事だと思います。
お金持ちとは高級乗用車を乗り回し、大きな家に住む人たちとおもうが、上記のように、それらは全て借金で得たものであり、万が一返せなくなれば、自己破産になるのです。

むしろ一つの事だけ豪華にして、他を犠牲にする。
事業で成功した人とか、大企業で出世した人がお金持ちではなく、自己管理の徹底できる人のみが真の意味でのお金持ちなのです。

大人になれば、子供の時と違い選択が多くなり、会社が嫌になれば他の会社に転職すればいいだけなのです。逆に言えば発想を転換させる絶好の機会でもあるのです。

日本の将来が不安なら、外国へ永住すればいいし、または、政治活動で日本を良くするために頑張る事も大事だと思います。無限の選択があるので、なにも絶望しないで、いいのです。

子供の時は操り人形のように、学校でひどいいじめがあっても自動的に学校に通わされたが、社会人になれば会社を辞める自由があるのです。

たしかに親たちは、子どもはたとえ70歳になっても、小学生みたいなものにみえるのです。立派な孫がいてもおなじですが、もう、江戸時代ではないから子どもには多くの選択の自由と自己責任を教える時代だと思うのです。

被告kは、いつまでも子どものままだから秋葉原の無差別殺人がおきたのです。ネットで暴言はくひとも子どものままなんです。








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なぜネットで人を見下すのか。

mixiに限らず、いまの20代から30代でネットで発言する人の傾向は、ちょっと前まではネット右翼が目立っており、それは「スローガン」なので具体性がなかったが、最近は悪い意味で具体化していると思います。

1・死刑制度の徹底化 一日に4人同時に死刑にすることへの喜び
2・犯罪者への情け容赦ない厳罰化の徹底
3・福祉の切捨て
4・社会的困窮者があえて自殺を選択するようにさせる社会
5・身体障がい者や精神障がい者への偏見と差別感情
6・自分のみが正義という発想
7・善意と思えることが全て偽善にしか思えない
8・精神世界にも何の期待をしない

いまの若い人は、ほんとうに、かわいそうなんです!
もう、この世にも絶望していて、自殺する勇気がないので、だから、自分よりも立場が弱い人たちを罵倒することで、一日一日を生きながらえているのです。

そもそも、その原因は彼らの親から褒められた経験がなく、最善をつくしても、どうでもよいことを叱責させられ、ある意味では完璧主義に陥り、完璧さを求めるあまりに、自分から何も行動する勇気がないのです。

そのような若者が、昔の大学生のよう政治活動をする気にもなれず、ただ、自分よりも社会的に恵まれていない人たちを罵倒することのみしか自分を慰めるものがないのです。

まして、宗教的な教えは彼らには偽善にしか思えず、ますます、思考が捻くれるのです。

で、10年前に「完全自殺マニュアル」という本が発行されましたが、どうしたら楽にあの世に逝けるか具体的に書かれた本であり、いろんな自殺方法が書かれているのです。

説教くさいこと、または論理的な事を書き込んでも胡散臭く思われるので、省略しますが、

今の若い人の大部分は、霊の存在を信じていない。
死というものは完全な無になるか、それとも人生というゲームをリセットさせて、実は現実と思えるものは仮想空間であり、死ぬ事で本当の自分という存在へと目覚める事だというのです。

解りにくいけので、具体的言えば、
たとえば、映画「マトリックス」のような状態で、現実は全て幻であり、人工的に作られたもので、自分が死ぬと、本当の自分に戻る。自分が死んだ後に体験する事が現実であるのです。これは死後の世界の事ではなく、夢から目覚めた状態なのです。

いまの20代、30代には何も期待できないけど、少なくとも10台以下の人たちには、希望を託したいと思います。

まず、具体的には一人でも多くの10代の若者に海外留学、ホームスティを体験してもらうことです。日本の過程とは違い、親から貶されぱなしはないので、自分に自信が付くのです。そうなれば新しい事にもチャレンジする勇気が付くのです。

あとはワーキングホリディを利用して、いろんな人たちとの交流により、新しい発見をする。両者も共通しているのはカルチャーショックによって発想が大きく変わることです。

いまの若い人に最も発想を変えるには、海外での生活を少しでもさせることです。日本と全然違う環境を観る事で、日本特有の完璧主義でなくとも人間は生きていられる。または、海外での生活が親や学校からの与えられた悪影響を中和させ、発想が変われば、希望をもつことができる。そうなれば人を貶す事がバカらしく感じるのです。

インターネットの発達で全世界の事が自分の部屋の中で何もかも解っているように錯覚しているが、実は文字や画像だけでは、何もわからないと同じなのです。

海外生活を実体験する事によって、新しい発見をし、自分の視野が狭い事を痛感させ、いくらでも選択がある事を認識でき、けっして絶望と不安だけしかないと思えるからです。

オタクを批判するわけではないが、アキバという閉鎖された環境だけでは、そこにいれば視野が狭くなって思考が停止してしまい。多くの悲観論を聞くことで絶望感を感じて、まして自殺する勇気さえも、いや気力さえも出ないのです。

死ぬ勇気が無い人が選択するのが、無差別殺人を突発的に行って国が自殺を幇助すること、すなわち死刑で殺してもらう事なのです。

簡単に言えば、今の若い人は、インターネットの発達で全世界の事が全てわかっていると錯覚する。人をバカにする事で強くなった賢くなったと錯覚する。錯覚を求める事で現実逃避をくりかえす。

それをやっても、何も変わらないどころか、外国からいつかはバカにされて相手にされなくなる。

それを打開するには大きな発想の転換をすることしかないのです。

たしかに親が自分が海外へ行く事を強く反対するかもしれません。たしかに、かなり生活が不便で不自由でも安全で安定した社会生活を望む母親が多くいると思います。子離れできない母親もいますが、逆説的に安定を望めば望むほど、社会は悪化するだけなのです。

少なくとも20歳を過ぎたら大人だから、一度はどこの国でも良いから外国に行ってカルチャーショックを受ければ、人生観画大きく変わり、人生観が変わった人が増えれば増えるだけ、日本の未来に希望が持てるようになるのです。

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金属の塊が空を飛ぶのが不思議・飛行機

飛行機を見て不思議と思うのは、あの金属の塊が何故空を飛べるだろうかということです。

飛び上がる前に、ガソリンを精製したジェット燃料をより燃えやすくするために、空気を思い切り圧縮させるターボエンジンで、酸素を圧縮させて、飛び上がる時に後方に爆発をさせて、その反動で空を飛ぶのです。

むかしのレシプロエンジン4機のプロペラ機でも空を飛べましたが、現在は戦車などかなり重いものを運ぶので、ジェット機ではないと無理なのです。

なお、飛行機の近くだと鼓膜が破れるほどの大きな音がするわけです。

理想的なのは垂直離着陸、垂直発信方式なんですが、それだと重量級の飛行機よりも多くの燃料や酸素が必要で、飛び上がる時にはすごい騒音が出るわけです。

では、飛行船を使えば良いのではないかというアイデアもありますが、速度が遅すぎるのが欠点なのです。

軽自動車でも論理的にはターボエンジンで普通車なみの性能にすることが可能ですが、自動車業界では自主規制で64馬力以上はださないようにしているのです。

なおターボエンジンだと燃費が悪いため、最近はあまりはやらないらしいです。それに車両価格が高くなるからです。

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簡単に派遣村・もと派遣社員を批判するな!

いま笑っている人はいずれ泣く時代が必ずやって来る!

それがハイパーインフレなのか、再度株の暴落なのか、それとも第二次関東大震災や東海地震なのか。国際紛争もある。

社会的困窮者を笑っている人たちよ。いい気になるな!

で、たしかに派遣社員とは、けっこう面倒なんです。
仕事を休むにしても、派遣先と派遣会社に連絡するので二度手間。日雇い労働も、場所と時間を知らされても、どんな仕事をさせられるか解らない。

まして、正社員になるチャンスがあっても、今よりは責任が重くなる割には給料は派遣社員と同じくらいしかもらえない。厚生保険や雇用保険など積み立ててもらえるかが保証が無い。正社員になると賃金は逆に安くなる割には仕事が以前よりもきつくなる。これでは、多くの人が仕事をえり好みをするのは当然です。

ただ、個人的には、仕事は毎日のことですから、辛い仕事に付いたら死にたくなるほどゆうつな気持ちになる。それなら仕事をしないで、自分が我慢できるものが来るのを待つしかないです。

それを甘えとして批判されます。

逆に言えば、もと派遣社員が甘えつづけると、パートやアルバイトで生活している人には正社員になるチャンスが増えるのです。

たとえ給料が安くても休日が少なくても、正社員で社会的に安定した地位をえるか、それとも、足元がふらついた状態だけど、とにかく自由気ままな生活が良いのかは、その人の自由なので、派遣村を批判するのはちょっとおかしいです。だれも正社員になる事を義務つけられていないからです。

聖書の言葉でも「いま笑っている人は、悲しむようになる」と書いていますが、それは事実だと思います。ネットで実情を知らず、自分の尺度で人を裁くのは、結果的には、人の痛みが理解できない人たちであり、実際に自分もリストラに遭って、路頭に迷ったらどうにもなら無いのです。

いま安泰の人も、いつかは自分もそのようになるかもしれないということを肝に銘じるしかないです。または、同じ正社員でも上司からのパワハラで自主的にリストラさせられる人もいるわけです。

明日は我が身と思い、十分注意をするべきだと思います。

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mixiで人気者になるには、差別用語の連発

mixiも、2ちゃんねるもまったくレベルが同じですから、特に社会保障の廃止、慈善活動家を反社会的な人物とみなす。彼らの思想は「情けは人のためにならず」めざすは日本を北朝鮮みたいな国にすることだということです。

mixiで多くのコメントやマイミクを作るには、毒舌の連発をすることです。社会的に困窮している人を、自分で刈り取ったからと罵倒する。犯罪者には極刑を求める。死刑の件数を世界で最も多くすること。そして死刑囚には時間を掛けて苦しんで死ぬような方法を採用することを求めているのです。

長くなるので簡単に言うと

1・ゴミとかクズとか呼びつけること。
2・自分の立場を言わないこと。(どんな身分なのかわからないから)
3・反論するものを徹底的に罵倒すること。
4・善意に満ちた内容をバカにすること。
5・犯罪者や事故死した人を愚か者呼ばわりすること。
6・自分はさぞ偉い人のように振舞うこと。
7・社会的に優遇された人に対して、敵意むき出しの発言をすること。
8・ひとりでも多くの人が自殺する事を望む事を書き込むこと。
9・文体がふざけた内容であること。
10・やたらと顔文字とかを使うこと。
11・キチ○イとかカ○ワとかの差別用語を多用すること。
12・相手が怒らせることに熟知していること。
13・辛辣な反論されても、それに動じない態度を取れること。
14・社会に対して悲惨な状態の人をあざ笑う態度をすること。
15・乱暴な言葉使いをすること。
16・人の不幸を笑うこと。
17・高齢者や身障者の言動を笑うことです。

最低でもこれだけの事をすれば、日記一件に20以上のコメントが付くわけで、マイミク(ネット上での友達)も賛同者ができるので軽く100人はできるのです。

それがmixiの悲しい現実です。

多くの人たちは善意や温か味がある日記を期待するものですが、社会が不安が強くなればなるほど、全てのことが嘘っぽく感じ、むしろドきつい本音のみしか信じられなくなるのです。

不安のみしかない希望無き社会では、たぶん、ヤケクソになり人間らしさを捨てるのです。絶望を上記の暴言を履く事で不安を少しでも和らげようとする、かわいそうな人たちなのです。

mixiが原因でテレビ局のカメラの前で人を刺し殺してVサインをする人もいるし、人を殺してもなんにも罪悪感を感じないのは、重度のmixi脳になっているのです。テレビカメラの前で人を刺すのは、自分が英雄になった気分に浸れるのです。当然、無罪を主張するのです。

特に某在日朝鮮人を名のるものが危険な存在として警戒され、最近は、生活保護問題とか、身体・精神障がい者問題のコミュニティを問題人物を追い出し、そして真面目に討議できる人のみしか参加できないようにして、部外者には掲示板が読めないようにしているのです。

精神が狂った人には英雄ですが、普通の精神状態の人から見れば狂人なのです。



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mixiを良くするには分割するべきだと思う

かつてのように安心して使えるSNSにするには、少数化が一番良いとおもいます。

その意味では、mixiを分離させることが究極の解決策になると思います。そうすれば複数のアカントという禁じられたことも可能になるからです。

さらにホームレスにノートパソコンと発電機やバッテリーを無料で配り、社会的に最も酷い状態の人の本音も聞きだすことも大事だと思います。いやmixi対応の携帯電話という方法もあります。

非人道的な事を言う人は、その人たちだけが集まって警察がそれを監視すれば良いのです。たぶん、そのような人たちはバカだから無差別殺人オフなどは、どこかの掲示板で予告して「予告in」などに告発されるのです。無差別殺人オフ会をするまえに警察のお世話になるわけです。で、その人たちが正社員だったら懲戒解雇という悲劇があるのです。

mixiの分離とは、テーマごとで分離すると、キチガイと思える人が集まりテロリスト組織を作ってしまうので、これは年齢ごとに分離するべきです。

ようするに18歳以下のmixiとか、35歳未満の青年mixiとか、35歳以上のmixiなど年齢で別ける。さらに細分化させることで、小さなSNSにすることです。あとは地域別、都道府県別に別けることで、地域密着型のSNSにして、オフ会がしやすいようにするのです。で、アダルトならアダルトだけを分離すれば良いので、mixiを細切れにしないとmixiは良くならないと思います。

なぜ人々から愛が冷えてきているのか。それは将来に何の希望が無いと思わせるマスコミの報道があり、日本人には未来のビジョンが無いのです。不安ばかりが強く、宗教を嫌悪するので、最も信用できるのが自分だけなので、だから世界で最も自己中心的な人たちが増えてきているのです。結果的にはある意味では最も宗教的に大爆発的に発展しているのが「自分教」という宗教です。自分が全宇宙の帝王であり主人公であり、現実は全て幻だから他人は単なる幻影にしか思えないから、人に対して優しくなれ無いのです。

ようするに現代人の思想の変化が大きく変わったのは、宗教団体への偏見と憎悪をつくりだしたのが、オウム真理教の地下鉄サリン事件だと思います。それまでも宗教団体への偏見は強い民族性があり自分だけしか信じられない風潮があり、決して神様を認められない状態でしたが、オウムのために宗教団体への偏見が大爆発して、その結果、信用できるのは自分だけという自己中心的思想がより強化されて、世界最大の「自分教」国家になったのです。

キリスト教においてもいろんな個性の人がたくさんいるので、欠点一つを誇大に取り上げ、クリスチャンは人間として駄目なんだと思うのです。それも「自分教」の熱心な信者になるのです。

「自分教」ほど愉快で楽しい宗教は無いです。戒律はないし警察のお世話にならなければ何をしても良いとか、いや、場合によっては警察のお世話になる事をしても良い。自分が正義ならホームレスや身体障がい者を殺してもゴミ掃除みたいなものなんだとしか感じられないから、「自分教」はオウム以上のカルトなのです。

極限的カルトである「自分教」とは、悪質さにおいてはモルモンやオウムでさえも足元に及ばない、いや、それらの宗教がまともに見えるほどなのです!

人を怒らせたりバカにする事で、仮に相手が逆上して殺されても、それは殉教という形になり、自分教信者にとっては栄光ある死なのです。

自分教の場合は、自分が死ぬことはゲームオーバーであり、自分が死ねば世界も同時に消滅すると考えるのです。

あまりに不安が強い社会だと宗教が流行るが、なぜ日本において宗教団体という組織化した宗教が逆に弱体化するのか。それは自分教という自分が世界の中心という思想の宗教が最も流行っているからです。

組織化されていないから人間関係のいざこざも無いし、ネットで自分の意見をぶちまければ、それを賞賛する人がたくさんいるし、近い将来はオウム真理教と同じように確実にテロを行うのは火を見るよりもあきらかなのです。

組織化してない、自分教は一人一人が教祖であるからです。

その自分教信者を何らかのまともな宗教に改宗させ人間性を取り戻すためには、もう宗教団体同士の対立をしている場合ではないと思うのです。○○教は異端という場合ではなく、むしろ異端といえる団体と協力して、自分教信者を既成の宗教に改宗させて人間性を取り戻すことが重要なのです。

自分の考えですが、社会全体の事を考えると、他宗教との対話と強調が今の時代は必要とされているのです。

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mixi脳の恐怖!!人格崩壊!!

以前は「ゲーム脳の恐怖」と書かれた本が話題になったが、あまりにも非科学的なためみむきされなくなりました。

ゲームをしてもある程度精神的大人なら殺人シーンがあるゲームをしても、現実と空想の区別ができるのであまり人格には影響はないです。

mixiはゲームと違い、画面の向こうには現実の人間がいるわけです。感情を持った相手がいるわけです。

あまり非論理的で科学的ではないと思われるが、2ちゃんねるやmixiばかりやっていると、サイコパスになるのです。良心が麻痺して自分が無力なのに有能になった気分に浸れるのです。

これを「mixi脳の恐怖」というべきなんでしょうか。

まずmixiでは、反ヒューマニズムな書き込みをすればするほどマイミクが増えるし、コメントも増えるので、一晩中やっても疲れを全然感じられないほど楽しいのです。最低でも12時間以上パソコンにしがみ付いて、自分の意見、反人道的な意見と、厳格な正義と思える書き込みをするわけです。

パソコンも楽しくなれば、2から3日の徹夜でも、仕事に支障を来たさなくなるほど愉快な気持ちになれるのです。

ここまでボロクソに書き込むと、mixiを偏った見方をしていると思う人もいるが、やはり、世の中いろんな人がいるので、mixi中毒にになっていて知らない人にいきなり暴言を吐き続けて相手を本気で怒らせるのです。

なぜ、mixi脳になるのか、反人道的な意見を書けば書くほど、本音を暴露した爽快な人と賞賛して、それに続くように他の人も、自分が思った以上に酷い書き込みをするのです。

身がい者やホームレスを殺すのは娯楽であるとか、生活保護を受ける人間はクズとか、日本には福祉はいらないというのです。

ニートやひきこもりを過労死するまでの強制労働をさせるべきだという意見をすれば、多くのコメントが付くのです。ほとんどが、賞賛をするコメントなのです。

mixi脳になると人道主義が悪であるように錯覚するのです。

自分としては、mixiの年齢引き下げは反対なのは、たとえ18歳でも自我が確立していない。自分をしっかり保てない若い人が、悪質な情報に影響されてしまうと危惧するからです。

まず、思っていても本音を書くな!それが社会の鉄則です。若い人に悪い影響を与えるからです。



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何が正義なんだろうか?

一人の人が救われるなら自分は犯罪者でも悪者でもなっても言いと考える事があります。または、偽善的で名誉欲の塊と思われて栄光です。

現在、生活保護が受けられないで首をつって自殺する人も多々おり、または、今の日本では餓死者も数百人もいるわけです。日本の実情は先進国とは思えないです。

まず生活保護費は毎月8万円プラス家賃ですので、月に12万円から15万円までで、単身者だけではなく、家族がいる人も生活保護を受けているのですが、これが、かなり生活が困窮しているにもかかわらず、それを受け入れないで生活保護を拒否される人もいるわけです。

必死になって仕事をさがしてもなかなか見つからない。または、病気のために仕事ができないなど、結果的に自殺や餓死で死ぬ人がいるわけです。


もう一つは犯罪者に対する情け容赦ない厳格な態度です。
裁判員制度が行われることで日本は世界で最も死刑が多い国になる。中には冤罪もいるのに強引に犯人に仕立てられる。冤罪ではないか情状酌量の余地あるのではないかと言えば袋たたきにあう。だから裁判員制度には反対です。

mixiでは、人には情けをかけることは罪悪であり、他人には徹底的に厳しくするべきだということが大受けしているのです。ということはmixiで人気者になるにはアンチヒューマニズムを徹底化させ、自分が最も偉く絶対に正しいという態度が必要です。

mixiで人気者になるには
ダークな本音をぶちまける事です。

1・精神障害者や身体障害者を強制的尊厳死施設に入れてあの世に送り込むこと。

2・上記の人間には生きる権利が無い事を強調すること。

3・非正規雇用者などを人間扱いしない。そのような人たちを徹底的にバカにすること。

4・反対に優遇されている公務員や大企業で年収が多い人への嫉妬にみちた書き込みをすること。

5・福祉や人権などの否定。反人道主義の徹底。

6・自分が最も偉い人間であることを強調し、相手を見下す事。その相手を人間とは思わないこと。

7・人を怒らせるようなことのみを常に考えること。

8・自分には甘く他人には超厳格であること。

9・自分は常に正義であるという態度をすること。

mixiで人気者になるには、身障者をバカにするとか、身障者の真似をして人を笑わせるビデオを作ること。(身体が不自由な状態で動きがぎこちないのを真似して笑わせること)究極の場合は、国家の破壊!オフ会感覚で政治家でなく擁護施設への無差別殺人をする計画をたてることです。

はたから見れば悪魔そのものですが、本人達は自分の行いは神の意志に一致していると重い自分が絶対に正しい。なぜなら、自分の意見に賛同する人がいるから、下手すれば昨年の無差別事件がmixiの会員がオフ会感覚で行われるのではないかと思います。

派遣社員の集合場所を襲撃して刃物で刺すなど。

毎回、自分には大甘で他人には超厳格だから、人を何十人殺しても爽快感だけしかかんじられないのです。

その意味ではmixiは「自分教」のコミュニケーションツールとなっており、内容が悪質であればあるほど、普通の人から見れば、決して許せないことも、mixiでは絶対正義となるのです。

個人の人権の尊重、命の大切さなど言えば、それは「偽善だ!」というのです。
まともな事を言えば言うほど叩かれるのです。

自分は予言するが、きっとmixiが原因でオフ会感覚の無差別殺人事件もあり、警察に捕まっても、人は娯楽であると、開き直る態度となるのです。

非人道的な態度ほど、賞賛されるmixiは、あるいみではmixi悪魔崇拝者であり、下手な悪魔崇拝者以上に悪筆なのです。

mixi脳になることで、本当に警察のお世話になる人も出てくるのです。

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では、インターネットは人格を劣化させるから危険なんだろうか?

好むこのまざるもITとインターネットの発展は全世界が大きな打撃を受けない限り、つまり機械文明が続く限り永久に存在するのです。それを失くす力は何処の政府の力でも抑えられない。むしろ、良い意味で利用するしか無いのです。

最近は、派遣村など、またネットカフェ難民などへの強い攻撃的な発言が非情に目立っており、所詮、弱いものが自分よりも弱いものを攻撃して自分が強くなったと感じているだけではないか。

個人的に思うが、まだ暴力的なゲームのほうが社会的には健全ではないかと思います。言葉の暴力の束ねれば、多くの人たちが人間不信や人間嫌いに陥り、ますます引きこもりが酷くなるからです。

まず、ネットをすることで他人の痛みが理解できなくなる危険性があります。想像力の欠如と、思いやりを失うことです。その根源は自己中心主義が日本人に根強くあるからです。全宇宙の皇帝・帝王・王様・主人公は自分という、「自分教」が現代の日本の国教になっているからです。

「自分教」とは、目に見える聞こえる触れる六感で感じられるものはすべてまぼろしであり、人生はゲームの一つである。自分が死ねば世界は終わると思うのです。

自分教のツールとしてネットを利用するのです。

それが重症になれば、人を刺し殺しても罪悪感も何も感じられなくなるのです。まさにゲーム脳の危険性と似ているのです。

あまり科学的ではないが言霊というのがあり、自分が繰り返し語る言葉が人生を構築するといっても過言ではないです。言葉が習慣を作り、習慣が人格を作り、人格が人生を作る。

暴力的なゲームの場合は、画面に出てきた相手を殺すだけで良いのです。それ以上もそれ以下もないのです。だが、言葉による暴力とは、人生に疲れた人間の愚痴を読み、それを甘えと貶し、相手の人格を否定する事で、次第に人の痛みを創造する力を失い、良心が麻痺してくるのです。

個人的には「ゲーム脳の危険性」よりも「ネット中毒の危険性」のほうを取り上げて欲しいと思います。

その意味では宗教の必要性を痛感します。

人間は人間の智恵では理解できない存在を認識し、それを畏れる気持ちがなければ、ネット中毒者のように人を刺し殺しても、それが憎くも無い相手でさえも、目の前で血を流して死んでも、それを何とも思わなくなるのです。

いままで呼吸し動いていた人間という生き物が、自分の手で命を奪っても何とも感じられなくなるまで、他人の痛みが理解できなくなる。自分が全宇宙の神であると思うあまりに、自分だけが全て正しいという傲慢さ。

その基礎の基礎、一つの単位であるネガティブな言葉から人間は人間性を次第に失い、初めて殺人をしても、ショッキングな事とは思えなくなるのです。他人の痛みが理解できない人間を作り出すのがネットであり、それがたとえ本音や本心でも、それを心に隠す事が重要である。それを言葉として出す時に、次第にその人の人格が冷酷になり残忍さが増すのです。

今後、ネットの普及により、社会的に困窮している人たちへの罵倒が今後はより激しくなり、最終的には日本版ナチスが確実に誕生すると思います。

ナチスとは身体障害や知的障害者などを強制的に安楽死させ、少数民族への差別を徹底化した結果、ユダヤ人の大量虐殺を行ったのです。ナチズムとは地球上に生きる権利があるのは強者のみであり弱者はあーもうーもいわせず、あの世に逝かせる思想なのです。

早く、ネットで娯楽的な動画が中心となった状態、すなわち高画質な動画を無料で楽しむ時代が来る事を願います。

いずれ、ソドムとゴモラが滅びたように自分教という自分を偶像にした自然発生的な宗教を元にした社会は、確実に滅びる運命だと思います。

ネットをする人間は自分が正義だと思い傲慢になりすぎており、結局は自分教の熱狂的な信者なので、そのような人たちが自然災害でカタワになって生活に困窮しない限り、考えを帰られないと思います。

ようするに、そうなる前に宗教の必要性が重要であり、今の日本は政治をかえるよりも、一人一人の国民の心を変えなければ、どんなに天才的な政治家がいても、ナチスドイツのような状態になる宿命ではないかと思います。その宿命へと進まないために、宗教は重要だと思います。

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インターネットが作るバイオレンスジャックの世界

mixiのなかでもいろんな思想を持った人がおり、いずれは北朝鮮に本気で永住したいという人もいると思います。

1995年の神戸大震災の時、日本人のボランティアがたくさん来ましたが、次の第二次関東大震災のときには、たぶん日本国内のボランティアは極少数になります。さらに被災地においての犯罪の激増化もあり、または、将来を悲観して自殺者も数え切れないほどいるのです。それは単なる妄想ではなく、たとえば大正時代末期の関東大震災でも韓国人に対する虐待事件があり、それは、妄想から作られたデマによって自警団が多くの韓国人をリンチした事件がありました。

いまのような愛が冷えている社会では、警察力とか犯罪抑止力を失えば、ふだん過激なことを書き込んできている人が、本当に無法地帯を作り出す。すなわち、海外から来たボランティアへの襲撃、または警察官への暴行などがあり、避難所での荒しがあり、食料の強奪などがあります。

比較的被害が少ない場所から、とにかく被害が少ない地方部へ逃げる事が重要です。空港周辺など海外からの輸入品が大量にえられるからです。

なぜ日本では人間関係の愛が冷えているのに犯罪が比較的に少ないのか、それは、都市が密集しており、誰かが必ず監視しているようなので実行することができないからです。たしかにネットで過激な意見を言う人ほど何もしないのですが、その何もしないを奪えば、猛獣のように無差別に人を刺したりするからです。

ようするに比較的に安定した生活、会社を勤め、そして仕事ができない派遣社員やパートへの苛立ちをネットで爆発させるのです。それによって自分が強く有能になった気分に浸れるのです。

地震が恐ろしいのは大きな揺れによる都市部の破壊、建物の崩壊による人的被害よりも、そのあとの二次災害、復興するまで、または政府が管理できるようになるまでの期間に多くの犯罪や自殺、暴動などによる被害者のほうが自然災害よりも遥かに多いと思うのです。

インターネットが時代と共に社会の悪者にさせられるという構図が予測できます。

ようするに電車の中でもどこでも、ケータイで画面をみるのはなんだか異様な雰囲気があるだけではなく、ネットが及ぼす思想の影響、人格の影響ではないかと思います。

社会的に困窮しているものを貶すのは、実は困窮者よりも意志が弱い。困窮したら自殺を確実に選択する人たちで、本当に精神的に弱い人が、ただ幸運にも正社員としていられるが、日頃から自分への自信が無く劣等感の塊になっている人が、自分よりも立場が弱い人にしか攻撃ができないからです。

暴力ではなく必ず言葉で相手を傷つけることで、爽快感と優越感を感じる人間で、それが、社会そのものが崩壊したときには、生き残るためには殺人も何のためらいも無くできるのです。

ネットをすればするほど、劣等感の塊の心が弱い人間が傷を舐めあい集まりながら、ダークな人格をより強化させ、地震などの災害で社会や会社などが崩壊した時に、猛獣のように荒れ狂い、やけくそになって避難所の人間を殺したり暴行したり、または、せっかく助けに来た外国人ボランティアや消防署職員などを刃物で刺し殺すのです。

言動から次に来るのが、物理的攻撃、暴力なのです。

結論を先に言えばネットが人格に大きな影響を与え続け、人間性を失う。そして、社会そのものの秩序がなくなれば猛獣のように無差別に人を殺すようになるのです。

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mixiの猛獣どもめ!地獄へ堕ちろ!!

個人的にmixiは他の人にお勧めできないSNSだと思うのは、目立つ内容が、社会に対して非常に厳格すぎる書き込みが多いことです。

たとえば「生活保護即時停止を求める」とか、それが結果的には自殺幇助などになり、mixiをやると人間嫌いになるのです。特に犯罪者や犯罪の被害者への辛辣な意見など読むと怒りがこみ上げてくるので、まだ、悪魔崇拝をする人たちのほうが人間らしいです。

もし自分がクリスチャンではなかったら、たぶん悪魔崇拝をして、この世の人がもっともっと苦しむように強く呪ったと思います。政治家が悪いのではなく私たち全ての国民の道徳が低いから、現在の金融破綻だけではすまされない。いずれは、第二次関東大震災の二次災害(外国人のボランティアへの強盗、およびリンチ事件などの頻発化。食べ物の奪い合い。警察官への殺害など)のほうが被害者が多く、永井豪の漫画「バイオレンスジャック」のような世界になるのは確実だと思います。

第二次関東大震災がおきたとき政府は東京を確実に捨てるのは、治安が悪すぎる事と、東京を復興させる経済力や能力も日本には無く、むしろ地方の主要都市に首都機能を分散させ、東京は都から県へと落ちるのは安全を求め人口が急激に減るからです。

そして日本が貧しい国になって、国民がうぬぼれがなくなるまで辛酸なめに合うと思うからです。

モルモン教の予言、日本がモルモン教の中心地になるという予言。「私たち(アメリカ人)に取って代わるのが日本人だ」というナンセンスな予言は永遠に当たらず、むしろ、モルモン教はラテンアメリカ人に取って代わられるからです。

なぜ東南アジアやラテンアメリカでキリスト教が増えるのか、宗教への覚醒が起きるのか、それは貧困のため人々が謙虚になっているからです。

豊かさが悪い事ではないが、その反面、豊かな故に傲慢になり、自分よりも弱いものを攻撃する。攻撃的な言動をするのは、所詮、その人には弱さがあるからです。弱さを隠すために、攻撃しやすい人物や待遇の人間を攻撃する事で自分が強くなったような気がする。そのような人が、どんな理屈でもたぶん地獄に落ちるのではないか。いや、地獄に落ちる可能性が高いと思います。

キリスト教を知らない地域や時代に生きている人は、その人の良心の尺度で、どれだけ良心に従っていたかで天国に行けるか地獄に落ちるかが決まるのです。結局、悪意や攻撃心しかない人は、今は毎日たのしく愉快に過ごしているが、死んだ後に、この世のあらゆる苦しみを永遠に背負う宿命を刈り取るのです。

個人的にはmixiは大量の情報がある反面、人間の嫌なところをみて人間嫌いになる危険性があるので、自分の意志がしっかり保てない人は、間違えてもmixiに入会するべきではないです。

また、mixiが安心して使えるというのは大嘘であり、

むしろ、まだ男女の不純な快楽を求める出会い系のほうが、はるかに人間らしいです。

むしろ自分に甘く他人には厳格な人の意見のほうが人間性を全く感じません。

mixiを入るくらいなら、アダルトサイトの出会い系のほうが、遥かに道徳的です!

それでも一部の人たちがまだ善意の気持ちを持っており、悪意や偏見、差別感情に怒りをもつひともmixiにいます。悪意のみしかないかわいそうな人と衝突することが多々あるので、


そのうちmixiが原因で殺人事件が起きると自分は予言します!

そう、後で泣きたくなかったらmixiには入会しないで他のSNSに入会してください。

たとえば年齢層が高い「趣味人倶楽部」などお勧めです。
比較的に生活が安定している人たちが集まっているので、精神的に余裕があるので、社会に対する偏見や差別的な意見も無く、さらに精神障害者や生活保護を受けている人への差別もほとんどないからです。

また、mixiと違いアダルトなコミュニティ(掲示板など)が無いため、宗教や政治を強く主張しない限り誰でも参加できると思います。

自分の宗教の内容を書き込みたいなら「CURURU」というSNSがありブログ機能があります。参加者はmixiに入れない16歳以下の利用者が多いのが特徴ですが会員数が少ないので、換算としているが、その反対に変な人も来ないので、ある意味では安心して自分の意見を書き込むことができます。

肥大化したSNSは、異常人格者があるまりやすくなり、そのようなSNSにはモラルはなく、社会的弱者や生活困窮者への攻撃や罵倒などがあり、そこには人間性をまったく感じません。

所詮はモラルよりも儲けなんだと思うのです。経営者からみれば、多くのスタッフをかかえているから、キ○ガイ(サイコパス)でも神様(お客さま)なんです。



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キリストの教会・YAキャンプについて その3

誤解されないようにさらに追加事項を付け加えます。

自分の場合、イビキが酷いので、治療を受けている最中ですが、深夜に無意識に騒音を出してしまうので、誰も迷惑掛けない場所とはトイレの中か、一回のソファーに横になることです。

週に一度か二度は、ICレコーダーで録音して、いびきが酷くないかどうか確認していますが、意外と昼寝をしているときはイビキはかかないらしいです。

これは、強い睡眠導入剤を飲むと、喉の筋肉が緩くなりすぎて、それが異常なイビキの原因になり、そのため、無呼吸になるのです。

で、疲れが酷い時に薬を一切飲まずに仮眠すとか、弱い睡眠導入剤を飲むと、それほどイビキはかかないです。

目的は、他の「キリストの教会」のメンバーと知り合いを作るためです。

迷惑を極力かけないように参加したいと思います。

目的は、親睦と霊的成長だと思います。
それができないと、8月の「修養会」という2泊の合宿に参加できないのです。

キリスト教会での高齢化が顕著になり、まして世代の空洞化で、20代の若者が極端に少ないため、常磐線沿線の教会の若い人が集まることは現代では、とても貴重な体験だと思います。

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1990年代が何故ノスタルジックな気持ちになれないのか。

過去でもノスタルジックな雰囲気に浸れる時代と、そうではない時代があります。特にその時代に流行った音楽に大きな影響があると思います。

1980年代では、アイドルからアニメソングのシンガー・飯島真理さんの音楽が最も80年代らしく、よく自動車の中で聞いていました。

youtubeなどで「マクロス」シリーズのテーマソングとか映画版のエンディング・天使の絵の具など聴くと黄金時代は80年代だったことを象徴していると感じます。

1990年代になると、広瀬 香美の「ロマンスの神様」が流行だし、女性が上位、結婚相手の条件も3高厳守となり、顔はそこそこきれいだが、男性からみて全然かわいくない、むしろ生意気だと思い、これが現代の男性が現実の女性に興味を持たなくなり、アニメキャラに恋する男性が激増した始まりだったと思います。

90年代はイベントは浮いた感じになるし、さらに、それが、次第に「鬱」気分を増長させ、なんというかあまりも楽しい思い出が無い。まして人間関係も悪化して、後から入信した年下の教会員が、自分の事を敬遠してきて、それを最長7年間は我慢してきました。

90年代でも森高千里など優れた歌詞・聞いていて面白い歌詞を書く歌手が活躍していたが、今聞いても、古いとしか感じられないのです。だから、全然、同じ古いものでもノスタルジックな気持ちになれるものと、そうではないものがあるのです。

ノスタルジックな気持ちになれないのは、その時代がいろんな悩みが多く楽しい思い出が少ないことが原因だと思います。

90年代は世紀末を思わせる、暗いニュースが多々あり、長期不況の始まりでもあり、まして、年齢的にも既に子どもがいてもおかしくないはずなのに独身なので、寂しさとか疎外感、孤独感などあまり思い出したくない時代なんです。

では、現在は何と言うか新90年代だとおもいます。
昨年、教会に戻った時、一時期は安心して神様を礼拝できると思ったが、誤解されないように良く読んで欲しいけど、モルモン教時代ほどひどくはないが、将来への不安、地に足が付いていない状態。そして自分の居場所は何処にあるのか、神様は何を望んでいらしゃるのか。2007年から自殺願望が強くなり、一種の絶望感を感じており、これが「新90年代」なんです。で、結局は戻るところは元の「キリストの教会」だったということなのです。

2000年代もあと僅かで終わり、次の2010年代に入りますが、少しでも希望を持てる時代になって欲しいと願います。

あと、某SNSを脱会する事を考えています。
もともとクリスチャンとの交流を目的にしたが、クリスチャンコミュのほとんどが議論が多く、それに、都心の某教会の牧師関係者から何の理由を言わずにアクセス禁止をされたことは、とても強いショックを受けました。

その意味では、信仰関係では守りに徹したほうが懸命な選択だと思います。

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ブログが与える現実の人間関係の影響力

ブログの内容が陳腐すぎるので、多くの誤解を生みやすいので以降、気をつけたいと思いますが、ある人たちにとっては、もしかしたら手遅れなのかもしれません。

検索一つで、自分の思考を、それを読んだ人のバイアスで、自分の思いを曲解される。ある人は人格を疑う場合もあります。特に多数派の某SNSでは、悲しいことに教会関係者で牧師関係者から、何の予告もなく一方的に遮断される場合があり、そうなると、他の教会には行きにくくなります。

個人的に無防備すぎたのが原因だと思います。別に本名を出さなくても、書き込みの内容で誰だか解るのです。

話しは急に変わるが、モルモン教とキリスト教の違いは、鉄道でたとえると、一般の電車の路線の線路と、モノレールの違いだと思います。電車の場合は、客車の台車レール幅が車軸と同じならば、何処にでも行けるが、モノレールは電車とはまったく違うシステムで動く鉄道です。そのくらい違いがあり、共通しているのは、客車が乗り合い自動車(バス)みたいに運転手の意思で路線を変えられないだけです。

モルモン教信者も一応は聖書をも読む、祈るが、祈りの対象が実は違うと言う大きな違いがあるのです。祈りの言葉を聞いても、普通のクリスチャンの祈りと、モルモン教信者の祈りは同じように聞こえるが、実は、三位一体を信じていない、まして、モルモン教の神様は、もとは人間だったという!驚愕する教義があり、無数に存在する神の一人だけを祈るのです。また、モルモン教のイエスも、慈悲深いのではなく、律法や戒律に厳格なお方であって、正義の御方ですから、正義の名の下で、地上を火の海にしてしまうという怖い存在なのです。

似ていて異なると言うのは、このことです。

クリスチャンになることは、まったく新しいシステムなので、神様に対する見方を改め、父なる神様は、唯一であり無限の御方であること、「父なる神様」と祈りの言葉は、神様に性別があるのではなく、幼子が自分の父親に何かを知らせるために話しかけるようなものです。

同じように神様を信じ祈る聖書も読むが、内容が全然違うのです

そこで三位一体という教義を理解しないと、混乱を招くと思います。

それから、先ほどの話しに戻りますが、自分はこれで大丈夫だとおもって書き込みをするのですが、それを別の人が読むと、違った風に読み取られるのです。

同じ教会内なら、誰がどんな性格であるか、または日曜日には教会で話しをすれば、どんな人物なのか解りますが、他の教会の人の場合は、自分の個性を知る前に、ブログの内容で、ユニークなものから変わった内容、斬新過ぎる内容の書き込みを読むと、悪い意味での印象を受ける場合があります。

そのような変わった人というイメージができると、なかなかお互いに壁みたいなものを作り、現実でも話しにくい人と言うイメージなるのです。

下手すれば異端者のシンパだと思われるので、もう少し時間をかけて、徐々に誤解みたいなものをなくしていけたら良いと思います。

誤解をなくすには、現実に会話することも大事だと思います。

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東京キリストの教会の責めの実態とは

基本的には徒弟制度というものを使うと、かならず支配される側の精神に異常をきたすものです。

「あそび」がない、個人の趣味趣向を他人にコントロールされることです。東京教会側では、クリスチャンとしての基礎的道徳の徹底とみなし、相応しくない漫画やビデオなどは全て禁じられるのです。

人間の精神の安定とは、「あそび」があるから正常に機能するのです。

地球で言えば月みたいなもので、もし月がなければ、北極と南極がゆっくりと赤道へ行ったりします。もし地球の周りに月と言う衛星がなければ、そこに人類を住まわせたら、暦が作れない状態で文明など存在しないです。生存はできても文化や文明は暦という基礎がなければ、そこから農耕もありえないので、人類の歴史は初めから終わりまで、狩猟だけです。

たとえば中東のオリエントにすんだとすると、地球が目茶目茶な自転をすると、季節の期間が短くなったり長くなったりする。

今年は、熱帯で来年はツンドラ、冷帯であることです。夏がない年もあったり冬がない年がないので、暦を作ることができないのです。そうなると農業などは生まれないのです。文化や文明も永久に発生しないのです。

精神を安定させるために「あそび」「プライベート」という部分を作り、強引に罪を告白をさせるなどさせない。東京キリストの教会が失敗したのは、初めから「情け容赦ない責め」すなわち「個人の秘密の保持」「プライベートな趣味を剥奪」という軍隊や修道院みたいな状態を行ったことです。世俗的な状態とのギャップが激しいほど崩壊の酷さも比例します。

では、東京キリストの教会・ボストン派は無楽器派といつかは融合するだろうか?

旧・代々木八幡キリストの教会の建物をのっとらなければ、意外と簡単に融合できたと思うが、過去の確執みたいなものがあり、「乗っ取られた」「奪われた」というものがあって、東京教会との連携をとるのは、現状では難しいことだと思います。

ひとつは、東京教会が他教派の牧師とか教会との連携を積極的に取ること。

完璧に過去の「情け容赦ない責め」と思える「徒弟制度」のようなものが無いことが必要です。そこから過去の確執を徐々に取り除ける必要があると思います。そうなれば、将来的に融合は簡単にいくと思います。

モルモン教でも自己申告で、罪の告白があり、それをしないと地獄に落ちると脅すローカルな指導者がいるから、克服できない罪、喫煙癖などが良い例であり、被害者側に言うと失礼ですが、融通が利かない教会員の場合、事細かに監督に罪を告白するので、または、モルモン教の道徳基準とかドレスコードなどがあり、現に他者による管理社会を嫌う若者が増えているので、わざわざ、自己申告したり、戒めを守る若い信者は、ほとんどいないと思います。

むしろ、真面目な人ほどモルモン教に嫌われるのは、その人に自我がない。自分の主張を男らしく雄雄しく言えない奴は嫌いだということです。嫌なものは嫌だといえない奴は消えてしまえというが、現実は自己主張が強い人ほど、反モルモンになり、お互いに強く自己主張してしまったから、日本の反モルモンは空中分解してしまったと思います。

これは人生における基礎の基礎ですが

嫌なものは嫌だと、できないものは「できない」とはっきり言えないと自分を責めたり、被害者意識を持ち続けると思います。カルトの被害者も100パーセント教会にあるわけではなく、自己主張をする勇気がない人が、監督などに支配されいろいろと責められたり不愉快な思いをするのではないかと思います。

だから反モルモンになる人は、二つの両極のタイプがおり、[NO」と言えない人と、誰がなんと言っても持論を曲げない自我が強い人間の二つがあり、結果的には、現代の切れる若者も増えているため自己の欲望を型にはめる、または、誰かに従属する信仰生活をする人は、ほんとうに稀だと思います。

東京教会が失敗したのは、教会員を雁字搦めに管理したり、言動を監視した結果だと思います。

常識ですが、自分は変えられるが他人はどんなことをしても変わらないという鉄則を忘れると、月を失った地球のように滅茶苦茶な自転をするので、そこから文化は何も存在しないように、何一つ進歩をしないのです。

簡単に言えば秋葉原無差別殺傷事件の被告の母親みたいに、親が過剰に子供を管理しすぎると、どこかで爆発して崩壊するのと同じです。だから、「あそび」は必要なのです。

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ボストン運動が沈静化したのは情け容赦ない責め

もしモルモン教も初めから信者への情け容赦ない責めをしていたら、いまではモルモン教の名前を知らない人がほとんどで、たぶん「キリストの教会の歴史」に、信仰復帰運動から出た、無学な若者を教祖にしたてた別宗教として歴史に名前が残っただけで、その残党が、「復元イエスキリスト教会」という名前で現在では、穏健的な教会だけが残っていたと思います。

1830年代に燃え出した火がくすぶったので、全米から北米へ南北アメリカ大陸や太平洋とアジアの一部に広がったのです。

ボストン運動が沈静化して、今後、「キリストの教会」と名乗りながら、単独でボストン派として穏健的な教会へと変わる可能性があると思います。そのように期待したいです。

ボストン運動とは、教会員に対する情け容赦ない責めの連続、真性サディストが性的快感を求めるために、いじめられることで快感を感じる人ではなく、むしろそのような性癖がない人をいじめることで性的快感を感じると、お腹を殴る、鞭で叩くなど、挙句の果てには、監禁されるのです。

ボストンとモルモンの大きな違いは、モルモンは楽しいとか連帯感という甘い飴や快感をあたえるが、ボストンは一切飴を与えないために、20年もしないで崩壊してしまいました。

たかが20年といっても、数百人の人がキリストを嫌い神様をもう信じないという、その人の人生から、信仰をもつ機会を永久に奪ったわけです。

もっと解りやすく言えば、ボストン運動は、ドメスティックバイオレンスみたいなものだと思えば良いです。これでは、マゾヒストな女性でも逃げ出します。

もともとモルモン教には厳格な戒律はなかったのです。

モルモン教会歴史では、初期はジョセフスミスは喫煙しておりお酒を飲んでいましたので、これは普通のモルモン教信者でも知っています。後ほど、身体のために禁酒をしたほうが良いのではないかというニュアンスがありました。だから、紅茶とかも飲んでいたが、

西へ逃げソルトレークに到着した時点で、ブリガムヤングが禁酒禁煙とコーヒーを飲んではいけないというようになりました。

徐々に責めを激しくしたので、それで火の手がくすぶりだして、それが一気に燃え広がったのです。

モルモン教は、普段は厳しくても、どこかに飴を与えるなら

ボストン運動とは、真性サディストな男性とのドメスティックバイオレンスの恋愛なのです。

献身的な信仰の強要、徒弟制度の確立で、私生活まで他の人に管理されたら、それは嫌になると思います。

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なぜ、このブログは「普通の人たち」なの?

アニメ「絶対可憐チルドレン」に反エスパー団体の名前が「フツーの人々」というテロ組織です。

モルモン教がテロには走らないです。社会に不満があってもテロに走れないのは、一枚岩といえるほど意外と結束力がないですが、

「絶対可憐」の原作でも、フツーの人々の過激派が「ブラックゴースト」という完璧な悪の化身となった、より危険な無差別破壊と営利追求のテロ組織があり、

ちょうどモルモン教でも、フツーのモルモンと、過激なモルモンが一部いるわけです。

モルモン教原理主義者だと白人至上主義者で、日本人は近づけないのは、彼らは髭をはやし、いつも機関銃を持ち歩き防弾チョッキで身を守り、数名の女性といつも一緒に歩き回る武装した一夫多妻主義者で人種差別主義者だから、日本人などは人間だと思わないから簡単に殺されるのです。

「フツーの人々」=ユタ州本部のモルモン教と

「ブラックゴースト」=ユタ州周辺にいる武装した一夫多妻制主義者で、大型ジープを乗り回したいるのです。

日本のモルモン教原理主義者は別の形、アメリカにもないほどの厳格なローカルルールを作り続けてしまう『スポコン』型の教会指導者が、チョコレートを食べては駄目、日曜日はテレビを見てはいけないなど、アメリカのモルモンに無い厳格な戒律を作りそれを守るようにさせるのですが・・。

でも、個人的な想像ですが、21世紀の現在、普通のモルモン教の戒めでさえ、若い人には守ることは無理だと思います。

英語で「正常」というのがカナ表記では「ノーマル」ですが、英語を聞くと「モルモン」と聞き取れるのです。だから英語では「モルモン」と「正常」「普通」という言葉の発音が良く似ていると思います。

たとえば「ライス」といえば「米」にあれば「しらみ」という意味にもなるのです。

日本語の同音意義ではなく英語の発音のおくの深さ、英語の発音母音と子音全部で100あるのですから似ているものも多々あるのです。

そもそもモルモン教にはかなり穏健になりキリスト教化した宗派もあれば、あくまでも一夫多妻制を厳格に守る過激な原理主義教団もあり、その真ん中に主流派ユタ州モルモン教があるわけです。

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急激な成長を求めることの危険性

無理をさせることがカルトの始まりだと思います。

前回の懸念事項とは、あまり不安に思うようなものではないと思います。

モルモン教や東京キリストの教会で共通しているのは、個人の罪の告白の義務化があります。

罪を告白しなければ、悔い改めが完成しないために、その罪が神様から許されることがないのです。

共通点とは

1・守るのが困難な戒律を守るように指示する。

2・些細な罪でも、それを破れば、それを監督(長老)や牧師に告白しなければ罪は赦されない。

3・告白した罪の内容によって、教会破門される場合がある。再度バプテスマを受けて罪が赦される。

「キリストの教会」でも「無楽器派」「有楽器派」でも、罪を犯したら何度もバプテスマを受けなおすのは聖書的ではなく、再度、洗礼を受けるためには、個人の意思で洗礼を受けられない強制された。強制されたときには、まだ、信仰がない。その場合のみ再度の洗礼が適切なのです。

逆に信仰をないのに、バプテスマを受けることは、1980年代のモルモン教の狂乱のバプテスマは、信仰の自由の否定になるのです。それは、バプテスマそのものが理解できていないのに、いきなり全身を水の中に入れる儀式を行うことは、強制的に宗教団体の会員にすることになり、会員数がいくら多くなっても、よくモルモン教を擁護する立場の人たちは「後から信仰を持てば良い」というが、「信仰告白」をする機会もなく、儀式を受けるとき、何の儀式か理解できない、教理を理解しないでバプテスマを受けることは、ある意味ではカトリックの幼児洗礼と同じです。


信仰告白は一度だけであり、同時にバプテスマも一度だけで救いには十分なのです。


個人的な人生で巨視的な視点で見ると、自主的に洗礼を受けたのは、ペンテコステ派で受け、もうひとつは「キリストの教会」でも受けたことです。両者には交流がなく、ペンテコステ派で受けたバプテスマは、まだ、キリスト教を理解していない時であり、逆にキリスト教そのものを理解していたらモルモン教には改宗することはなかったので、違った人生を送ったことになったのです。でも、その時点でキリスト教求道者という巨視的な長期期間が始まったわけです。

モルモン教のバプテスマは、狂乱のバプテスマ、手当たり次第に若い人に声をかけ、例のジョセフスミスの「最初の示現」のスライドを見せて、信じる信じない関係なく強制的にバプテスマを受けないと家に帰さないのです。

モルモン教会への「教会員記録抹消届け(退会届)」を10年前に出したが、もともと、信仰が無い状態でバプテスマを受け、約17年近くモルモン教信者としての生活を送ったが、バプテスマを受けて半年後にモルモン教の教議を理解したのです。

本来は、宣教師に出会って、そしてちゃんと日曜日に教会に通い続け、信仰を持ち、自主的に洗礼を受ければ、それは、きちんとしたバプテスマであるが、100パーセント確実に近い将来に信仰を持つことが予測できても、その時点では教義も理解していない、信仰が無い状態でバプテスマを施すのは、信仰の強制なのですから、強制的な儀式そのものは実はなかったことになるのです。

ペンテコステ派にしてもモルモン教にしても、ある程度基礎的な教理理解と信仰と、自分の意思でバプテスマを受けないと、それは「信仰告白」にならず、無効となるのです。

クリスチャンとモルモンの大きな違いとは、全ての人たちは確実に結婚して子供を育て、その子供たちにもモルモン教の熱心な信者にすることで、個人が救われるのではなく、家族単位の救いがモルモニズムなのです。


モルモン教とは、モルモン書を読むことではなく、
実はモルモンの代表的ミュージカル「サタディウォーリアズ(土曜戦士)」という、

恋愛至上主義と 結婚の重要性であります。

だがモルモンが、今後日本で芽を結ばないのは、非婚化社会になり結婚したくてもできない。結婚をさせない社会的環境があり、さらに、現代の若い人が、厳しい戒律や複雑な人間関係に我慢をすることは無理なのです。

そもそも、その原因は終戦直後の日本の結婚の義務化、結婚が人生の全ての目的であり、多くの富を得るよりも遥かに偉大なものである。結婚することでどんな不幸があったとしても結婚をするべきであり、子供を残すことが義務という昭和20年代の日本人のお母さんたちの姿に、当時のモルモンの指導者が強く感銘を受けて、世界で二番目にモルモン教宣教師が今でもいる国なのです。

もう昭和時代のような、ぬるま湯の時代は終わり、個人が生きるために必死になり、とても結婚どころではない時代、まして、自制が主眼となる宗教では、ある意味では時代錯誤的な感じなので、モルモン宣教師はラテンアメリカに集中させるべきであり、21世紀のモルモン教はラテンアメリカの宗教になる宿命だと思います。

個人的には、自主性がなく洗礼を受けたことは、それは、もし当時に戻れば、取り消してもらい、再度、自分の意識でバプテスマを受けたいから、モルモン教の勉強をさせてもらってからバプテスマを受ける受けないか洗濯させてもらいたいと教会管理部に手紙を送ったと思います。


巨視的に言えば、長期のクリスチャン求道者時代があまりにも長かった。
そして、クリスチャンの不活発時代も10年近く続いた。

本当の意味でのクリスチャン生活のスタートは昨年の10月くらいから始まったのです。


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実は夢のお告げがあり

9月16日火曜日の夜の集会・「分かち合いの時間」というフリートーキングの時間があり、その頃は、薬物の関係で感情が上手にコントロールできないおで、些細なことで爆発するのと元気がない。意欲が低下状態です。

実は自分が通っている「キリストの教会」懸念事項とは、期待されて求められる、それが自分への管理、監視へとコントロールされると、結局はモルモン教と同じではないかと思います。

昭和30年代後半組みは、教会で精神障害者が多いのは口減らしで兄弟が少ない。ようするに母親が堕胎という殺人を行うから、罪悪感から幼少期に潜在意識へ影響を受けたと思います。

自分の年齢に近い世代、宮崎勤による連続幼女殺人事件から「オタク」への偏見、ステレオタイプな大人たちの思考が、当時よりも顕著になり、来年当たりに確実に、コミケへのテロが起きるので、コミケは危険なので行かないほうが良いと思います。

社会的に震撼させる犯罪は被害が大きい小さいは関係なく、スポーツ選手による自爆テロみたいなことで2000人が死亡と、オタクが上司一人殺害のどちらが、社会を震撼させるのか、後者のオタクによる上司殺害事件のほうが社会に震撼させ、2000人瞬殺テロ事件などは、本来は歴史に残るほどの事件、海外なら確実に歴史に残る大事件なのです。被害規模でなく、どんな人物が事件を起こしたのかが重要なのです!

でも、日本人の思考パタンは

自分の考えは確実に正しい。でも、他の人の意見を全部流用。

人には厳しく、自分には大甘。自分には甘いので自分の罪を省みない。

異文化排斥度が激しい。自分が良いと思ったものは完全な普遍的な真理だと思っている。

喰わず嫌いで、新しいものを触ろうとしない。

上記の思考では民主主義は正常に機能しません。

コミケにいかなくなったのは、実は数万人が一箇所に集まり、確かにコスプレなど楽しいものがテンコ盛りなんですが、個人的には、分散化、小規模化によるコミケで、開催日と開催日を別々で小規模化することを願います。

広い会場に数百人いて、それが狭い出入り口があれば、何か事件が起きたら、逃げ道がないのです。

オタクを2000人でも3000人でも殺しても、情状酌量の余地ありとすぐに釈放され、オタク=反社会思想集団・犯罪者予備軍という考えがあるからです。

だから、分散化、少人数で行うことが安全だと思います。

夢のお告げというのは意外と当たるので、悪意無き勧告でも、もし気分が悪い状態だとネガティブに受け止めてしまう危険性があるので、自分を守る事は重要な事だと思います。

なんか、コミケと信仰は別物ですが、衝突と隣り合わせになっているのです。

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クリスチャンがモルモンを異端する資格があるだろうか?

個人的に大部分のクリスチャンは、まことに残念ながらクリスチャンと言いながら、実は進化論を信じる牧師、その牧師の教会の教会員の人たちなど、進化論を信じていない。創世記の記述は全て古代の神話であり、事実ではないというので、それで、キリスト教でも「福音派」と「伝統的キリスト教=正統派」という線引きをしているのです。

たしかに「福音派」にも千差万別であり、

イラク攻撃支援と支持を教会が行うアメリカの教会が多々あり、教会が共和党政府の支援団体へとなり、自分の息子を強引にも軍隊に入隊させる親もいると思います。

自分が知っているアメリカ人宣教師は、その反対に、ベトナム戦争に何が何でも行かない!しごかれるから嫌でなく、自分の父親が日本の東京などの大都市を空爆して、戦後、進駐軍として東京の街を見たら、その廃墟を見て愕然として、それで日本人の魂の救いのために、宣教師になり二歩の語を学んで、日本での伝道活動をした。そして、その息子がベトナム戦争の召集令状を拒絶して、宣教師になった。

良心的徴兵拒否を行い「殺人をしたくない」という理由なのです。

その判断は父親を喜ばせるだけでなく、実はベトナム戦争はまさに無限地獄で、ほとんどが精神障害者、社会復帰不能になり一生精神病院で暮らす人とか、民間人虐殺で良心の呵責に苦しめられ続けて自殺した人もたくさんいたのです。

何を基準でキリスト教なのか?戦争をすることは「十字軍」と発想は同じで進歩していないです。世界中に半分くらいが独裁国家で、地上最大の独裁国家が中国、それに中東やアフリカの大部分が独裁国。イラクのような独裁国家はたくさんあるので、独裁政権打倒のための戦争は、ベトナム戦争で共産主義国家の連鎖を食い止めるためと言いながら、

とにかく何か戦争をするために、最もらしい理由を政府が考え、そして牧師がそれを支持する。特に南部の保守キリスト教(聖書忠実に解釈する教派・福音派とペンテコステ派など)の牧師、その信者が従うので、結果的には宗教ファシズムではないか、アメリカをますます軍国主義・愛国主義を強化させるのがキリスト教ではないか。

で、日本基●教団とかカト●ックなど、戦争には反対、社会のための福利活動を行うが、その反対に、聖書の言葉を、あまり信じていない。

極端な場合は、イエスをキリストと信じてなくても、教会に所属すれば「クリスチャン」と認められる。実際に特に●公会(英○教会)などでは、イエスをキリストでも神でもなく、歴史に残る天才的な教師レベルに落とすのです。

だから、教会員という概念も、洗礼を受けない人でも教会員と同じ扱いされるのは、その人が教会への帰属意識があれば良いのです。

洗礼・浸礼(バプテスマ)を受けなくても、教会に関係あるひと。また、教会墓地に葬って欲しいという遺言があれば、教会墓地に葬ってもらえると思います。

とにかく、どこのキリスト教会内でも、ヒューマニズムとかニューエイジなどの寄生虫みたいなキリスト教を内部から変える危険な人がいるので、むしろ、弱ったクリスチャンを一人だけ狙うモルモン教の方が、目に見える敵だが、内部の敵は、本心を言わない。言う人もいるが、それは、その人も霊が弱ったクリスチャンであり内心、頭の中が整理できず混乱して、頭の中で上手にパーティッションを作り、整理整頓が出来ない人だと、モルモン教の宣教師の話を鵜呑みして盛るもんになる場合があります。

ある人は、自由を求めモルモンになるが、逆に厳しい戒律のためにより不自由になり、今までの価値観を全部捨てなければならないことは、一時的には、モルモン教のバプテスマを受けても、長くても3年たてば、もっと多くの混乱と、モルモン教内の人間関係での苦痛などで、傷つき混乱を酷くさせるだけなので、

所詮は、真理はとても明確でシンプルなのです。

むしろキリストを信じないでクリスチャンといわれる人のほうが、逆にモルモンの方がクリスチャンらしいのではなか?たしかに部外者には理解できな神殿儀式などが行われていますが、日曜日になれば普通に礼拝しているし、彼らモルモンも一部の反モルモンがいうように別のキリストを信じているというが、大部分はそれでも、他の正統派・伝統的キリスト教と比較すると、モルモンのほうが聖書をある程度、信じているので、まして、今後は内部の敵、現代思想に染まったクリスチャンが別のクリスチャンに影響を連鎖的に行うことでキリスト教会を変質させる。モルモン教みたいな別宗教ではなく、表向きはクリスチャンであるが、実は正統な信仰からかけ離れた人たちが教会を乗っ取る場合が今後も起きる可能性は高いです。

だからと言って、思想監視のため、各個人のブログやSNS日記を読んで、危険思想がないか監視する教会の関係者も、ある意味では現代版異端尋問ではないかと思うのです。

真理は単純です!

イエスは文字通り神様の御子であり、キリストです。罪のために十字架で死なれました。、聖書の言葉は全て文字通り解釈(みたま”神様の霊”の導きで)るするべきで、現代的な科学など人間の小さく有限な脳では本当の聖書解釈は不可なのです。

個人的に、

これは遺言になりますが、万が一、近い将来、事故(外部)か身体的(内部)などで何らかの理由で自分が死んだとしますと、当然、教会の墓地に埋葬を希望します。当然、キリスト教式葬儀を希望します。

ブログやWebサイト(教会公式サイトは別)、SNSの日記は全ての人に公開なので削除しないで欲しいが、パソコン内部のデーターは全て削除。ハードディスク・CD-R・RWの物理的破壊を願います。

自分の所有物は全て兄に自動的に移管を希望します。あとは、不要なものは廃棄、売却、個人的に利用をするのは自由です。

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SNSは自己申請登録制で良いのではないか

今までSNSは招待されないと入会できないとなっていますが、実際は現実に逢った事ない人からの招待が大部分であり、また、人の意見を読んで、細かいことで文句を言う人がいるので、リアルな友達は全然いない人だと思います。

まず、喧嘩を売ってきたら言い返すべきか?

否!いくら激しい口調の暴言でも相手は微動だしない無傷な状態ですので、言葉の暴力をいくら使っても、その人から見れば機械そのものが文句を言うくらいで、その言葉を発しているという概念が無い。通信しているというのではなくプログラムが、そのように反応していると感じるだけですから、何を言っても、こちらが疲れるだけです。

無視をするのも良いし、無視よりも手ごわいのは、回答の内容が、無視されたほうがまだマシだと思える返事です。

たとえば、

新幹線の騒音のことについては、

実際は根本的な解決方法は皆無であり、解決方法らしき回答、騒音を中和させるスピーカーをで音を静かにするとか、回答にならない回答のほうが、相手の精神的ダメージ、不快感は絶大です。

あとは、これも現実的ではないが、レールと車輪を防音材を使うという方法とか、

さらに相手がイラつくのは、そのスピンオフ的なアイデア、車輪にかかる圧力から電力を得るという方法などで、話しをワザとそらすと、無視された以上にイライラするのです。

個人的には招待を希望のメールをだしても、丁寧なことばで断れる場合もあるが、どうしても参加したいなら、誰でも招待という掲示板などで、そちらへ申し込むの良いとおもいます。

結果的には、面倒だからいっそのこと自己申請・自己責任という方法のSNSのほうが合理的だと思います。

参加人数が極少ないSNSで、SNSにも方向性があるので、自分に合ったSNSを探すことも大事だと思います。

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m。x。のIDは貴重な財産です

実は何度も某SNSを辞めたり入会したりの繰り返しをしています。
むかついて大喧嘩して辞める事が、大きな理由なのです。

相手が悪すぎる、他人の気持ちを考える能力が欠けているからです。
暴言と思える言葉がでてくるし、本気で怒らせるのでが、暴言を言う、人の揚げ足をとる人、嫉妬深く妬みが強い人間ほど、ネットでのトラブルメーカーと思える人間ほど、かなり強烈な暴言で言い返しても何の反応がないのです。

その意味では言葉の暴力になれている人間だから、どんな激しい口調でこれ以上酷い言葉を遠慮なく言い続けても、相手は自分が思ったほど、微動だしない。
まったく無傷なのです。

たとえば「○ね!○ちがい!」「この○ソ野郎」「○カ!」と暴言をいくら返しても相手は、逆に本気で怒っていると思い、言われる側のほうは愉快に感じるだけなので、無視をするのが一番良いです。

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逆上して、退会したら次に招待してもらうまで、けっこう努力が必要であるのです。
だから、○垢を作るのは復活しやすくするためです。

逆上して辞めたら、復活するまで時間がかかるので、しばらくログオフしてお休みするのが一番です。

そもそも今年の3月ごろから、完全に一人に一つのアカントという鉄則になりました。(ようするに別の登録型SNSに参加するほうが無難であり常識的なんです。)

招待されても、安心できない。結果的には2ちゃんねると同じ変な奴ばっかりです。

その大きな原因はケータイ依存族という24時間ケータイを手放せられない奴が●ixiには多いのです。ケータイだけで投稿も閲覧も可能ですから。

全てのケータイ利用者が人格的に異常とか社会的に不適応なクズとは言いません。
これは、アニメやゲームと同じように、それが好きな人が全部がクズと決め付ける言動は反感を買い、自分のバカさ加減を見せ付けているようなものです。

ケータイ依存症の僅か1パーセントが人格的に破綻している人間と考えるのがすじだと思います。アニメやゲームが趣味の人間も同じなんです。大きな違いは、

ケータイは一次元思考の世界、3インチ以下の画面の世界ですが、

アニメやゲームは、3インチ以上の画面、思考レベルが高い2次元の世界です。

線と平面(縦と横の面)の違いです。

だから、オタクほどケータイ依存度が高い人間とは水と油の関係で、そもそも思考の次元が違う、平面に住む生き物がいたとすると、高さという概念が理解できないようなものなので、アニメオタクの発言などケータイ族には理解できない概念だらけなのです。

某SNSは「2ちゃんねる」と同じくらい多くの情報がたくさんあるので、それは、ある意味では財産であり、場合によっては自分を救う切欠になるのです。

ひとつは、コミュニティの流れ雰囲気を上手に把握しないで、いきないり自己紹介や挨拶して「はじめまして」一つで、それだけで、いちいち文句を言う人も、どこかのコミュニティにいるのです。

要するに、参加するコミュを絞る。または、必要以上増やさない事です。

とにかく現実の友人から招待だと思って安心しては駄目です。

実は仮想上の友達からの招待が大部分なのです。

友人がいるから人格的に問題ない人、優しい人というわけではない。どうしても合わない人もいるわけです。

知らない人のところで、相手の人格がどんなものなのか把握しないで、日記にコメントを入れるのは、相手の人格がどんな状態なのか日記を良く読むか、参加しているコミュのスレットで、どのように対話しているのか把握しないと、嫌な思いをするだけです。

コメントをする前に、その人の思考、人格を知らないと痛い目に遭い、場合によっては、細かいところ同でも良いところで、喧嘩を売る、喧嘩をするのが好きな人、人を本気で怒らせるのが喜びに感じる人など、会員数最大のSNSである●ixiだから、人格が異常な人間も多々いるので、ある意味では匿名掲示板「2ちゃんねる」と同じくらい慎重に対応しないとならないです。

結論を言えば ●ixi=2ちゃんねる(匿名掲示板) 参加者は同じレベルなのです!

最近の若い人は自分が思っている以上に異文化排斥的で不寛容!自分は駄目人間と自己否定している奴ほど、自分の意見は絶対に正しいと譲らないのです。ニュースの記事など、犯罪事件があれば加害者への情け容赦ない辛辣な言動、「寛容」という概念が皆無。

ニュース版などは今すぐに廃止して欲しいです。

ニュース版からの日記には言論の自由でない!人の意見が自分の意見と思い込む、そもそも自分が駄目人間だという奴が、自分の意見を考えだせるわけないです。

自分の考えが無い奴に犯罪者を非難する資格も無い!

犯罪者に不寛容な人間ほど、実は犯罪者予備軍なのです。

最大のSNSのニュース版では、加害者をとことん責め、2ちゃんねるでは、予告殺人をする。

二重人格的なやり方をネットでするから。

自分の身を守るには、ポイントを絞ること。

スレット(掲示板)で誰が参加して、発言する人間に人格的に問題ある人がいるのかどうか、よく読んでみる必要があります。

逆に言えば、マイミクや「マイミクのマイミク」の日記、

スレット参加者の日記を読むと、いくら時間があっても足りないから日記を読む必要はないです。

たいていはプロフィールや参加しているコミュで、その人の方向性がわかるのです。あとは日記、最低5件遡って読むだけで、その人の人柄が何となく見えてくるのです。

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