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意外と面白いフランス語

英語以外の言語で人気があるのが、中国語とドイツ語だと思います。あとは最も広範囲で話されているスペイン語。今後、日本との交流が深くなると予測されるポルトガル語(ブラジル)ではないかと思います。

ポルトガル語は日本に来ている日系人が増えており、モルモン教でもスペイン語やポルトガル語を教えている教会(ワード)が増えているし、宣教師もラテン系の人が増えています。相変わらず黒人は増えていないらしいですが。逆に英語を母国語とする日系人も多いのがモルモン教の宣教師の特徴です。

実は、いろいろと日常に使われながらあまり人気が無いのがフランス語で、キザだと思われる、スペルが難しい、ローマ字読みができない、発音が英語なみに難しい、長い単語も多くて覚えるのが大変。たしかに英語もフランス語も、学校教育どおりに覚えて話せたら天才です。

ひとつひとつの単語の意味と読み方を(発音のことではない)を覚え、それにスペルも覚える。ある文章の単語一つ一つをそれをやすから、非効率なのです。

あとは学校では教えないのが発音記号と、ヒヤリングの練習です。英語の教科書も文法だけで、内容が面白くないのでかなりの忍耐が必要です。

学校教育どおりに教えてもらって、それで英語が話せたら、その人は語学の天才です!

実はフランス語の場合もスペルが難しいため、フランス語を母国語とするひとでも書き間違える場合が多々あります。

なおスペルが長い割には、発音は短い物が多くあるのがフランス語の特徴です。さらに、英語と同じように単語と単語が繋がると、発音が変化するのも同じなのです。発音が短くなり変化するのです。それも学校では教えないのです。

そもそもジャパリッシュというのはエスペラント語の劣化コピーとさえ言われており、英語の古い文章は読める、それも英語を母国語としている人でも読めない、スペルをみて発音が解らないが、日本人だとそれが読めて解るという不思議な現象があり、日本人が英国の古典をジャパリッシュで読み、翻訳して、英語が話せる人が英語圏の人に聞かせるのです。

英語が話せる人と英語の文章が読める人とは違うのです。

フランス語はスペルが難しいので、スペルを覚えて話せるのは秀才ですから普通の人は話せるようにはできません。まず、会話の発音を暗記(?)することです。スペルにすると長いが、会話にすると単語が繋がるので意外と短くなるので、一つの単語を覚えると同じくらいになるのです。

文章語とに暗記するのがフランス語を覚えるコツだと思います。

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ブログ運営について

実はキリスト教信仰生活の個人的な日記のつもりなんですが、最も多いのがMDをmp3ファイルしたいという内容が多く、次には、「鉄腕アトム最終回」についての日記です。

実はもう一つのブログがあり、これは、もっと洗練された内容で写真入なんです。または、後には音声も載せる予定です。

最近はネットの傾向を懸念する内容が多くなり、結論を言えば今の時代は民主主義もファシズム・共産主義も否定する、愚衆主義(新自由主義待望)の時代だと思います。日本の場合、まだ民主主義が定着して60年程度であり、それも自分たちで手に入れた民主主義ではなく、日本が敗北してアメリカが勝手に押し付けたものなのです。そこが他のアジアの国々のような徐々に民主主義が芽生えて発展するのとは違うのです。

話しはもとにもどって、ネットのラジオなど音声をMDに録音するのは誰でもできるが、逆にMDからPCに録音するのは、適切なソフトを見つけないとならないです。多くのフリーソフトがあり、PCのライン入力端子とMDを接続して、それを再生させながら録音するのが最も簡単です。

光ファイバーケーブルの場合は、ダイレクトにCDラジカセ(またはミニコンポ)でCDをMDにダビングしないとならないです。

MDですとCDをレンタルしたものもあり、これがかなり古いものですが、実はMDがでたのが1990年代で、あの当時の音楽はあまりきかないです。

すっポッと、90年代が抜けて知るのが自分の状態です。
なんというか、今よりも、酷いうつ状態で何もかもが暗く感じたじだいですから、あまり楽しい思いでもないです。

逆に80年代は楽しい思い出が多いので、どうしても80年代とか、それよりも古い音楽を今でも聴くことがあります。

その意味でMDをMP3にダビングは面倒なのでやっていないです。

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インターネットでは直接民主主義は不可能!

民主主義とは最低でも100年継続しないと有権者も成熟した意見が出ないので、民主主義というよりも遇衆政治、多数専制政治となる危険性があり、結果的には賢人専制政治へと民主主義の崩壊を招きます。

では、ネットの発言はいくら声をおおきくしても、0に等しい。

やはり選挙活動をすることが大事だと思います。

選挙はお金がかかるというけど、落選してもともとなら政見放送に出るだけの価値はあります。たぶん、ただで5分間、公共の電波を使わせてもらえるのです。

選挙の政見放送は県議会選挙から参議院・衆議院まであり、または県知事選挙もあります。

選挙のポスターを作り、街頭演説で好き勝手な事を言い放題だし、政見放送でテレビにもでれるのです。

落選しても、自分の意見を公式に言えるチャンスなのです。

ネットだと、匿名性が高く、読む人が反感を感じるだけです。

では時代はファシズムを求めるようになったのか?独裁者が有能な人を人気とは関係なく選び、選ばれた人が国民のために政治を熱心にしてくれる。ましてファシズムだと結束という意味があるので、カリスマ性がある政治家が、後世に継承者が適切な運営できるシステムを作れば良いだけなのです。

そこがファシズムの長所なのです!

たしかに古代ローマでも共和制という民主的な社会が行き詰まり、だから、有能な人が皇帝になって、無能なら辞めさせるというシステムを作ったから、その後200年は繁栄を続けたのです。

いまはファシズムや民主主義でさえも否定されているので、極論を言えば人工知能に任せる技術ができるまで、なんとか現状を維持するしかないです。第三の道というものを模索する必要があります。

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新自由主義とはポルポト型超共産主義

また元に戻りますが、
新自由主義とはあるブログでは「新封建社会」とか「新封建制度」といわれ、裕福な人はより裕福になりそれが極少数の人たちが億万長者になれ、大部分の人たちは、より貧乏になるという社会です。

何を好んで、それを望むのか?論理の破綻ではないかと思います。ちょうど戦前のドイツがナチスを熱狂的に支持して戦争で地獄を見るようなものです。

まして、ヒトラーみたいな雄弁な政治家がいうのではなく名も無きネットの住民がいうだけでそれを支持するのですから、日本は戦前のドイツよりもひどいとおもいます。

新自由主義とは福祉や社会保障は甘えとみなし、それを悪であり、正義とは弱肉強食の社会、自殺幇助は社会ためになるので、自殺幇助を商売にする人が激増すると思うので、ある意味では大量虐殺が起きても仕方ないです。

新自由主義でも最も得するのがマスコミです。
各地で犯罪や、さらに溜め込んだものが一気に爆発すれば、各地に暴動が起きる。それで視聴率が上がるが、デジタル化のためテレビの普及率は先進国とは思えないほど下がるのは、デジタル化対応もできない家庭が増えるからです。

予想としてはテレビ普及率、40から20パーセントへと落ち込むのではないかと思います。

逆に言えば、民主主義の原動力である、平和的な「デモ」だけでは解決できないなら「暴動」がおきる。暴動を取り締まれば、秘密結社による政治家暗殺事件の多発化。

それを放置させれば日本はソマリアやジンバブエみたいな国になり世界から孤立する運命になるのです。

ニートなど(働きたくても働けない精神的に障害がある人などもいれて)強制労働をさせても、最終的には職場での会社員への殺人事件から集団暴動までおきる。失うものが何も無い人間ほど何をするか解らないから、それほど恐ろしいものはありません。

たしかにナチスはナチスなりの理想があったと思うが、最近のネットの情報は理想論やビジョンさえなく、ただ、差別感情や仮想的有能間に浸りたいだけで、発言の暴走へとなっているので、その意味では戦前のドイツよりも劣悪なのです。

新自由主義とはソ連型共産主義の劣化コピーであり、そのような社会ができても、各地に暴動や犯罪が激増して、秩序が保てなくなるので、長くても半年は持たないと思います。

日本で新自由主義政策を行い続ければ、東西にアメリカや中国に分割されて、日本という国家もなくなるので、ある意味ではカンボジアよりも悲惨だと思います。

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MDからPCへ

MDからPCにダビング(コピー)

アクセスの生ログを見ると、最も多いのが「MDからPCへ」「MDをmp3ファイル化」です。

一昨年のブログの記事にかかれたことがいまだにアクセスされるのです。

最近のMDの使い方とは、ちょっと前のマイクロカセットレコーダー的な使い方になり、メモ録には丁度良いものになりました

また、MDデッキの中古品はたくさんあるのでわずか数千円で変えるわけです。むしろコンパクトカセットテープデッキのほうが重宝されるのです。

自分の場合はネットラジオの録音に使います。
題名が判らないけど「ジャズ」を適当に録音、キリスト教会の牧師の説教を録音まで幅広く使えます。ただし、ポータブルの小さいものは、ICレコーダーが使うので、MDはネットラジオ放送の録音に適しているのです。

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タイ・カンボジアへのボランティア

海外へのボランティア活動が3月頃に各地の教会合同で行います。参加する人たちは20代の青年達です。

本来なら、もう一つのブログに載せるべきなのですが、自分が参加できないし、それに参加するにはかなりお金がかかるようです。だから正確な情報が載せられないので、ここに述べる事にしました。

往復の旅費と滞在費などです。

ネットでグダグダ言う暇があるなら、お金をためて海外を見ること!それで、人生において大きな変化を受けると思います。

ネットだけだと、特に最近は全世界の航空写真も見られる、あらゆる情報が自分の部屋でわかるから、それだけで自分が全世界の事をあたかも知ったような振りをしているが実はウの中のカワズだと思い知らされるのです。

タイとカンボジアへのボランティア旅行(?)で、現地の人たちの交流を通して、異文化とふれあい、それによって人格的にも大きな影響を受ける事ができます。

基礎的にはキリスト教布教となりますが、それだけではなく、現地の人たちと触れ合う事で、人間らしさとは何だろうか言葉では表現できない何かを感じ取る事ができます。

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ソ連型共産主義以下の新自由主義社会による機械文明崩壊!

日本の場合、個人の所得税は北欧に近いレベルなのに福祉はかなり遅れているのです。

さらに福祉を否定を考えるとは、もし、自分が働けなくなった、突然会社を解雇されたリストラされた、再就職ができなくなった。で、住んでいるアパート家賃滞納で追い出されたら、今までの自分の考えは間違えていると思っても、すでに遅いのです。

まず、新自由主義社会が作り出す結果としてアフリカ大陸にあるジンバブエとかソマリアに滞在してみればわかります。どんなに酷い結果になったのか。または新自由主義者が大好きな北朝鮮の一般庶民の生活を体験してみればいいのです。

新自由主義の未来像とは上記の社会そのもの、いや機械文明さえも破壊するほど酷いものです。自由の名のもとの怪物なのです!

個人的には新自由主義のイメージというのは、無差別に人を刺し殺す凶悪通り魔をイメージします。

新自由主義とか福祉切り捨てなど、読んでいても面白くないので今回で終わりにします。

とにかく、日本にいるだけではなく開発途上国に行き、その庶民の暮らしを見ることが大事だと思います。

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思考が停止しているだろう?多様な発想のすすめ

人間を幸せにするにはお金持ちになることが大事だと思います。

では、どれくらいが貧乏で、どれくらいがお金持ちなのか?
自分の考えでは、金額に関係なく金銭管理ができる人が真の意味でのお金持ちであり、逆に年収600万円以上でも浪費壁があるひとは貧乏と思います。

人間、義務教育期間は全ての子ども達はある意味では、自動人形みたいなものだと思います。ストレスに対処できない逃げられないので、それが、自分よりも弱いものへのいじめになるのです。

子ども達はどうあがいても、親を変えたり学校を変えることができず、逃げる事もできないため、ストレスを受ければ、イジメに走るのです。

最近のネットでの社会的困窮者への非人道的発言も、子どものイジメと同じなのです。

いじめ自殺がおきても、いじめた本人には何一つストレスからは解放されず、また別のクラスメートなどをいじめるのです。

自分の考えですが、20年前と現代では、同じ20代・30代でも幼稚化してきていると感じるのは、信念を持たない信条も無い思想も無い。ただ感情論だけで世論を語り、その世論から出た影響で自分の首を締め付ける。

福祉の縮小は誰にも徳にはならないです。

多くの人が将来を絶望しており、だけど自殺する勇気が無い。
自殺する勇気があれば、自分で何らかのアクションを起こすのです。転職から事業を始めるなど、いろいろあると思います。政治活動もあると思います。それさえできないのは、ある意味では宿命論をしんじているのです。

幼児期から親から怒られてばかりいて、褒められた経験が無い。自分に自信が無く自分をダメ人間と否定する。

まず、人間を幸せにするにはお金が必要。

お金の話をすれば卑しいという人がいるが、それはより金儲けしたい人のでっち上げです。また「お金で人の心は買える(変える)」も真理なんです。それを不道徳とされ、安い賃金で長時間は高させるためにお金の話題をするひとは卑しいとされるのは、資本家がそれだけ労働者にはなるべく安い賃金で働いてもらいたいからです。

不満があるならお金をためてみろ!と言いたいです。

まずお金持ちのイメージを変えることが大事だと思います。
お金持ちとは高級乗用車を乗り回し、大きな家に住む人たちとおもうが、上記のように、それらは全て借金で得たものであり、万が一返せなくなれば、自己破産になるのです。

むしろ一つの事だけ豪華にして、他を犠牲にする。
事業で成功した人とか、大企業で出世した人がお金持ちではなく、自己管理の徹底できる人のみが真の意味でのお金持ちなのです。

大人になれば、子供の時と違い選択が多くなり、会社が嫌になれば他の会社に転職すればいいだけなのです。逆に言えば発想を転換させる絶好の機会でもあるのです。

日本の将来が不安なら、外国へ永住すればいいし、または、政治活動で日本を良くするために頑張る事も大事だと思います。無限の選択があるので、なにも絶望しないで、いいのです。

子供の時は操り人形のように、学校でひどいいじめがあっても自動的に学校に通わされたが、社会人になれば会社を辞める自由があるのです。

たしかに親たちは、子どもはたとえ70歳になっても、小学生みたいなものにみえるのです。立派な孫がいてもおなじですが、もう、江戸時代ではないから子どもには多くの選択の自由と自己責任を教える時代だと思うのです。

被告kは、いつまでも子どものままだから秋葉原の無差別殺人がおきたのです。ネットで暴言はくひとも子どものままなんです。








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より具体化する若者たちの声

ネットでの発言が近年、より具体化してきているのは、ある意味では絶望力の力だと思います。

政治思想の左右にこだわりをもたなくなり、むしろ感情論や社会的一般論による正義感のみに支配されているような気がします。

一昔前なら憲法改正論とか北方領土とか、さらに再軍備化(自衛隊を正式な軍隊にすること)など政治的な要素があるが、現代は政治的要素よりも良くも悪くも「政策的」要素の声が大きくなっているのです。

まず顕著なのが死刑制度の徹底化です。

さらに、自殺率の向上化、すなわち福祉の切捨てです。

まだ、ファシズムが台頭する社会のほうが将来への希望があり、良くも悪くも新しいシステムをもった社会へと方向つけられるのですが、

現在は政治活動しても、右翼とか国粋主義者では社会から異端視されるから、一つことに焦点を集中させて、それを大きな声にして社会を変えたいという気持ちがネットで増えてきているような気がします。

生活保護制度の廃止論があります。
生活保護を受ける人間は自分でそれを刈り取ったから天罰だという情け容赦ない意見もあれば、生活保護者は乱暴で昼間は働かずギャンブルをしていて暮らしているとも言うのです。

絶望の声が、さらに絶望的な社会へと変えてしまう危険性があるのです。

むかしのように北方領土を取り返せとか日本国憲法の改正など、右よりの思想では政策的に具体性が無く、自分たちの生活にも影響力があまりないのではないか。それよりもより具体的な意見を出せば良いと考えるようになったと思うのです。

まして、自殺サイトを作る人は、一部の人たちからは英雄視されます。どうすれば楽に死ねて少ない勇気で自殺できるかです。

自殺者の統計は年間3万人といわれているが実際はその10倍である可能性も指摘され、それは自殺未遂者が年間60万人もいるということで、少なくみつもっても年間10万人はいるのではないかということです。

では、なぜ良い意味、ポジティブな意見がネットででてこないのか。それは、善意による意見は全て偽善だと思われるからです。

まず、ネガティブな声で社会はドンドン悪化するだけですから、ネガティブな思考を持った人は、悪化した社会の餌食にさせられて自ら命を絶つ事を選択するのです。自分で自分の首を絞めることになるのです。

将来に対して希望を持つには人間を信用する勇気が必要だと思います。そうすれな思考もポジティブになり(悲観論からでた破壊的思考から)発展的な発想になるのです。

そのためには宗教団体への信用回復が必要だと思います。

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なぜネットで人を見下すのか。

mixiに限らず、いまの20代から30代でネットで発言する人の傾向は、ちょっと前まではネット右翼が目立っており、それは「スローガン」なので具体性がなかったが、最近は悪い意味で具体化していると思います。

1・死刑制度の徹底化 一日に4人同時に死刑にすることへの喜び
2・犯罪者への情け容赦ない厳罰化の徹底
3・福祉の切捨て
4・社会的困窮者があえて自殺を選択するようにさせる社会
5・身体障がい者や精神障がい者への偏見と差別感情
6・自分のみが正義という発想
7・善意と思えることが全て偽善にしか思えない
8・精神世界にも何の期待をしない

いまの若い人は、ほんとうに、かわいそうなんです!
もう、この世にも絶望していて、自殺する勇気がないので、だから、自分よりも立場が弱い人たちを罵倒することで、一日一日を生きながらえているのです。

そもそも、その原因は彼らの親から褒められた経験がなく、最善をつくしても、どうでもよいことを叱責させられ、ある意味では完璧主義に陥り、完璧さを求めるあまりに、自分から何も行動する勇気がないのです。

そのような若者が、昔の大学生のよう政治活動をする気にもなれず、ただ、自分よりも社会的に恵まれていない人たちを罵倒することのみしか自分を慰めるものがないのです。

まして、宗教的な教えは彼らには偽善にしか思えず、ますます、思考が捻くれるのです。

で、10年前に「完全自殺マニュアル」という本が発行されましたが、どうしたら楽にあの世に逝けるか具体的に書かれた本であり、いろんな自殺方法が書かれているのです。

説教くさいこと、または論理的な事を書き込んでも胡散臭く思われるので、省略しますが、

今の若い人の大部分は、霊の存在を信じていない。
死というものは完全な無になるか、それとも人生というゲームをリセットさせて、実は現実と思えるものは仮想空間であり、死ぬ事で本当の自分という存在へと目覚める事だというのです。

解りにくいけので、具体的言えば、
たとえば、映画「マトリックス」のような状態で、現実は全て幻であり、人工的に作られたもので、自分が死ぬと、本当の自分に戻る。自分が死んだ後に体験する事が現実であるのです。これは死後の世界の事ではなく、夢から目覚めた状態なのです。

いまの20代、30代には何も期待できないけど、少なくとも10台以下の人たちには、希望を託したいと思います。

まず、具体的には一人でも多くの10代の若者に海外留学、ホームスティを体験してもらうことです。日本の過程とは違い、親から貶されぱなしはないので、自分に自信が付くのです。そうなれば新しい事にもチャレンジする勇気が付くのです。

あとはワーキングホリディを利用して、いろんな人たちとの交流により、新しい発見をする。両者も共通しているのはカルチャーショックによって発想が大きく変わることです。

いまの若い人に最も発想を変えるには、海外での生活を少しでもさせることです。日本と全然違う環境を観る事で、日本特有の完璧主義でなくとも人間は生きていられる。または、海外での生活が親や学校からの与えられた悪影響を中和させ、発想が変われば、希望をもつことができる。そうなれば人を貶す事がバカらしく感じるのです。

インターネットの発達で全世界の事が自分の部屋の中で何もかも解っているように錯覚しているが、実は文字や画像だけでは、何もわからないと同じなのです。

海外生活を実体験する事によって、新しい発見をし、自分の視野が狭い事を痛感させ、いくらでも選択がある事を認識でき、けっして絶望と不安だけしかないと思えるからです。

オタクを批判するわけではないが、アキバという閉鎖された環境だけでは、そこにいれば視野が狭くなって思考が停止してしまい。多くの悲観論を聞くことで絶望感を感じて、まして自殺する勇気さえも、いや気力さえも出ないのです。

死ぬ勇気が無い人が選択するのが、無差別殺人を突発的に行って国が自殺を幇助すること、すなわち死刑で殺してもらう事なのです。

簡単に言えば、今の若い人は、インターネットの発達で全世界の事が全てわかっていると錯覚する。人をバカにする事で強くなった賢くなったと錯覚する。錯覚を求める事で現実逃避をくりかえす。

それをやっても、何も変わらないどころか、外国からいつかはバカにされて相手にされなくなる。

それを打開するには大きな発想の転換をすることしかないのです。

たしかに親が自分が海外へ行く事を強く反対するかもしれません。たしかに、かなり生活が不便で不自由でも安全で安定した社会生活を望む母親が多くいると思います。子離れできない母親もいますが、逆説的に安定を望めば望むほど、社会は悪化するだけなのです。

少なくとも20歳を過ぎたら大人だから、一度はどこの国でも良いから外国に行ってカルチャーショックを受ければ、人生観画大きく変わり、人生観が変わった人が増えれば増えるだけ、日本の未来に希望が持てるようになるのです。

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