什分の一献金をする勇気があるだろうか!?
他のキリスト教会では什分の一献金(以下・十分の一献金)は普通に行われております。たいていのキリスト教会では個人の自由意志であり強制はしないということです。
有名な聖句では「マラキ書」に「神を試してみなさい」「恵みがくる」と書いています。
実は就職できたのは良いが、最近は正直な話、仕事が嫌になり辞めようかと考える事がたびたびあるのです。でも、良く考えれば、欠勤をしないためになるべく休みを多くするようにお願いしたのですが、最近は欠勤も多く、毎日が自分との戦いになるのです。
このような悩みがあるから、聖書を読むようになり頻繁に祈るようになった。その結果、神様を身近に感じるようになった。
以前は、「叱られることがすくなくなるように」と頻繁に祈ったら、その通りになり、一時的には改善されましたが、最近は、また仕事ができない人と組まされる。仕事の内容が大きく異なりはじめ、特に数字、暗算に弱いので、これがストレスになるのです。
教会のほうでも誠に言いにくいのですが、財政的に良くない状態であり、ある意味では危機的状態で経済的に余裕無いです。結果的には教会をより組織化させ、万が一、伝道者がいなくなっても、伝道者が社会で仕事するようになっても、教会を管理運営できるように教会員が結束力を強化しなければならないのです。
かつてはモルモン教信仰をしていたが、それが仮に10年で年収を平均で300万円なら、年間30万、10年で300万円という大金になるのです。将来的に永久にキリスト教信仰を続けられる自信があれば後悔はないが、万が一でもキリスト教信仰を失えば金銭的後悔をもう一度感じるということです。
どうやって十分の一献金を払うかはここでは書かないが、とにかく労働で得た収入の10パーセントを毎月献金すれば良いのです。
無駄な出費を抑え、金銭管理をきちんと行い、さらには自己中心的な欲望による信仰生活を慎む必要があると思います。
自己中心的な信仰生活とは、あまり意味の無い他の姉妹教会への集会の出席とか、自己満足による他教会のイベントの参加だと思います。そのような交通費があれば教会に献金すする方が自分の通っている教会のためになると考えられます。
クリスチャンの知り合いを増やしたいという気持ちがあるが、結局、これはモルモン信仰時代な発想で、自分の顔を広げても、本当の意味での友達ができなかった。むしろ、逆に嫌われたから、結果的にはモルモン教信仰を弱める事になった。(逆説に言えばキリスト教に当時から関心があったから、クリスチャンになる地盤を作った)
5月末のYAキャンプ参加は意味があるのか?ほんとうに楽しいもので友達が作れるなら良いが、それだけでなく、そんなお金があれば、自分が通う教会に献金にまわすべきなのかも知れません。
それを言えば、きりがなく、限りなく閉鎖的な状態と禁欲状態になるので、その辺を充分判断しなければならないと思います。


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