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実は初めからモルモンではなかった。狂乱のバプテスマでの洗礼の強要!

まず地球は丸いと実感できるには、かなり高いところにいないと実感できないように、自分の背の高さだと地球の丸さを実感できないです。

では、客観的に宗教的な意味での本当の入信とは。それは自主的な意思で入信の儀式を受けることです。

1980年前後にモルモン教会では狂乱のバプテスマという現象があり、外国人宣教師(主に19歳くらい)がカタゴトの日本語でフレンドリーで話しかけてくるのです。初めて外国人の知り合いが出来たという喜びがあるが、例のジョセフスミスの最初の示現という二人の神様に逢ったというスライドを見せたら、信じる信じない関係なく、「アナタはこれからセンレイを受けてモライマス。」といきなり白い衣服を着替えさせて、宣教師アパートとか伝道所で強制的にバプテスマ(そもそもバプテスマもどき)を受けさせるので、

もし当時の自分の年齢に戻ったら、いったんそれを取り消す。入信するのは自分の人生では最も大事なことだから、自分が納得したら、それで入信の儀式を受けたいから、強制的な入信儀式を破棄して欲しいと手紙を出すと思います。

17年後にその手紙をだしたので結果的には、17年間モルモンの求道者だったということになるのです。

17年でも長すぎると思うし、そのあいだの献金のお金とか、労力とか時間などはかなりのものになるのです。

個人的には、厳格に守るように仕向けたモルモン教の指導者が、思考の停止をさせて、挙句の果てには、90年代から神殿での儀式を受け奉仕するように仕向けたが、

1988年まではモルモン教会の生活は楽しかったが、ドンドン新規の年下の若い人が入信してから別宗教団体みたいになり、真面目にやる自分を敬遠するようになったので、90年代は、モルモン教に対してストレスを強く感じました。

まず日曜日の礼拝がわずか30人前後しかいないけど、教会員の人数はなんと600人もいたのです。その後、礼拝人数が増えて子供を入れて100人に達したが、そうなると教会員数は700人と増加。(当時は他人の住民票を調べたりできた。その結果、多摩地区の建前上のモルモン信者の数が急激に増えた。)大部分が自分がモルモン信者だということを知らされないで、強引にバプテスマを受けた人なのです。

日本のモルモン教の信者は実際は2万人くらいしかいない。統計では13万人であり、大部分が1980年前後に強制的に入信させれた人たちなのです。

またモルモン教宣教師の質の劣悪で、お酒を飲んだり喫煙するのはかわいほうで、一部の宣教師はもとは麻薬をやっていたとか、ほとんど日曜日の礼拝に来ない人たち。ようするに、日本へ強制的に送られた不良の集団だったのです。

日本がアメリカの次にモルモン教宣教師が多い国であり、日本人は宗教の免疫がないために、強制的な入信儀式を理解できないで、ただ水に漬かるだけなのです。

もうじき引越しとなるので、そうなると実は完全にモルモン教と縁が切れるのは、現在の住所がモルモン教側に記録されているが、その住所も変更となれば、完全に行方不明となる。まして17年前に教会員会員記録抹消(退会届)を出しており、17年間教会にはいかなことになるのです。

その前に、ペンテコステ派のキリスト教からイエスキリストと聖書をしっているので、実は1981年4月にペンテコステ派でのバプテスマも半分強制的なので、高いところから見れば、17年間、クリスチャンをお休みしていた。自主的な洗礼は1998年9月になるので、17年間、キリスト教求道者だったということになるのです。

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コメント

狂乱バプテスマ、実は米国のある準学術誌に論文を投稿しようと準備しています。よろしかったら連絡していただけますでしょうか。事例の一つとして少しお聞きしたいことがありますので。

投稿: NJWindow | 2008年12月14日 (日) 08時09分

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